聖さについての聖句

神の聖さと聖化についての聖句を集めました。聖句のリンクから章全体を開き、誰に向けて、どのような場面で語られているかを確かめながら読めます。

口語訳聖書 · 各聖句を開くと章全体を読めます。

ペテロの第一の手紙 1:15–16

むしろ、あなたがたを召めして下くださった聖せいなるかたにならって、あなたがた自身じしんも、あらゆる行おこないにおいて聖せいなる者ものとなりなさい。 聖書せいしょに、「わたしが聖せいなる者ものであるから、あなたがたも聖せいなる者ものになるべきである」と書かいてあるからである。

レビ記 11:44

わたしはあなたがたの神かみ、主しゅであるから、あなたがたはおのれを聖別せいべつし、聖せいなる者ものとならなければならない。わたしは聖せいなる者ものである。地ちにはう這はうものによって、あなたがたの身みを汚けがしてはならない。

ヘブル人への手紙 12:14

すべての人ひとと相あい和わし、また、自みずからきよくなるように努つとめなさい。きよくならなければ、だれも主しゅを見みることはできない。

ローマ人への手紙 12:1

兄弟きょうだいたちよ。そういうわけで、神かみのあわれみによってあなたがたに勧すすめる。あなたがたのからだを、神かみに喜よろこばれる、生いきた、聖せいなる供そなえ物ものとしてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的れいてきな礼拝れいはいである。

テサロニケ人への第一の手紙 4:7

神かみがわたしたちを召めされたのは、汚けがれたことをするためではなく、清きよくなるためである。

詩篇 99:9

われらの神かみ、主しゅをあがめ、その聖せいなる山やまで拝おがみまつれ。われらの神かみ、主しゅは聖せいでいらせられるからである。

コリント人への第二の手紙 7:1

愛あいする者ものたちよ。わたしたちは、このような約束やくそくを与あたえられているのだから、肉にくと霊れいとのいっさいの汚けがれから自分じぶんをきよめ、神かみをおそれて全まったく清きよくなろうではないか。

エペソ人への手紙 5:27

また、しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、清きよくて傷きずのない栄光えいこうの姿すがたの教会きょうかいを、ご自分じぶんに迎むかえるためである。

イザヤ書 6:3

互たがいに呼よびかわして言いった。「聖せいなるかな、聖せいなるかな、聖せいなるかな、万軍ばんぐんの主しゅ、その栄光えいこうは全地ぜんちに満みつ」。

ヨハネの黙示録 4:8

この四よつの生いき物ものには、それぞれ六むいつの翼つばさがあり、その翼つばさのまわりも内側うちがわも目めで満みちていた。そして、昼ひるも夜よるも、絶たえ間まなくこう叫さけびつづけていた、「聖せいなるかな、聖せいなるかな、聖せいなるかな、全能者ぜんのうしゃにして主しゅなる神かみ。昔むかしいまし、今いまいまし、やがてきたるべき者もの」。

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