「隅」(すみ)が出てくる聖書の箇所

「隅」(すみ)は口語訳の17か所(旧約10・新約7)に出てきます。日常訳第1版では21か所。

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列王紀下(1か所)

列王紀下14:13 イスラエルの王おうヨアシはアハジヤの子こヨアシの子こであるユダの王おうアマジヤをベテシメシで捕とらえ、エルサレムにきて、エルサレムの城壁じょうへきをエフライムの門もんから隅すみの門もんまで、おおよそ四百よんひゃくキュビトにわたってこわし、

歴代志下(2か所)

歴代志下25:23 その時ときイスラエルの王おうヨアシはエホアハズの子こヨアシの子こであるユダの王おうアマジヤをベテシメシで捕とらえて、エルサレムに引ひいて行いき、エルサレムの城壁じょうへきをエフライム門もんから、隅すみの門もんまで四百よんひゃくキュビトほどをこわし、

歴代志下26:9 ウジヤはまたエルサレムの隅すみの門もん、谷たにの門もんおよび城壁じょうへきの曲まがりかどにやぐらを建たてて、これを堅固けんごにした。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記38:6 その土台どだいは何なんの上うえに置おかれたか。その隅すみの石いしはだれがすえたか。

詩篇(1か所)

詩篇118:22 家造いえづくりらの捨すてた石いしは隅すみのかしら石いしとなった。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書19:13 ゾアンの君きみたちは愚おろかとなり、メンピスの君きみたちは欺あざむかれ、エジプトのもろもろの部族ぶぞくの隅すみの石いしたる彼かれらは、かえってエジプトを迷まよわせた。

イザヤ書28:16 それゆえ、主しゅなる神かみはこう言いわれる、「見みよ、わたしはシオンに一ひとつの石いしをすえて基もととした。これは試こころみを経へた石いし、堅かたくすえた尊とうとい隅すみの石いしである。『信しんずる者ものはあわてることはない』。

エレミヤ書(2か所)

エレミヤ書31:38 主しゅは言いわれる、「見みよ、この町まちが、ハナネルの塔とうから隅すみの門もんまで、主しゅのために再建さいけんされる時ときが来くる。

エレミヤ書51:26 主しゅは言いわれる、人ひとがおまえから石いしを取とって、隅すみの石いしとすることなく、また礎いしずえとすることもない。おまえはいつまでも荒あれ地ちとなっている。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書14:10 全地ぜんちはゲバからエルサレムの南みなみリンモンまで、平地へいちのように変かわる。しかしエルサレムは高たかくなって、そのもとの所ところにとどまり、ベニヤミンの門もんから、先さきにあった門もんの所ところに及および、隅すみの門もんに至いたり、ハナネルのやぐらから、王おうの酒さけぶねにまで及およぶ。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ21:42 イエスは彼かれらに言いわれた、「あなたがたは、聖書せいしょでまだ読よんだことがないのか、『家造いえづくりらの捨すてた石いしが隅すみのかしら石いしになった。これは主しゅがなされたことで、わたしたちの目めには不思議ふしぎに見みえる』。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ12:10 あなたがたは、この聖書せいしょの句くを読よんだことがないのか。『家造いえづくりらの捨すてた石いしが隅すみのかしら石いしになった。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ20:17 そこで、イエスは彼かれらを見みつめて言いわれた、「それでは、『家造いえづくりらの捨すてた石いしが隅すみのかしら石いしになった』と書かいてあるのは、どういうことか。

使徒行伝(1か所)

使徒4:11 このイエスこそは『あなたがた家造いえづくりらに捨すてられたが、隅すみのかしら石いしとなった石いし』なのである。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ2:20 またあなたがたは、使徒しとたちや預言よげん者しゃたちという土台どだいの上うえに建たてられたものであって、キリスト・イエスご自身じしんが隅すみのかしら石いしである。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一2:6 聖書せいしょにこう書かいてある、「見みよ、わたしはシオンに、選えらばれた尊とうとい石いし、隅すみのかしら石いしを置おく。それにより頼たのむ者ものは、決けっして、失望しつぼうに終おわることがない」。

ペテロ第一2:7 この石いしは、より頼たのんでいるあなたがたには尊とうといものであるが、不ふ信仰しんこうな人々ひとびとには「家造いえづくりらの捨すてた石いしで、隅すみのかしら石いしとなったもの」、

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