「降りかかる」(ふりかかる)が出てくる聖書の箇所

「降りかかる」(ふりかかる)は口語訳の8か所(旧約4・新約4)に出てきます。「ふりかかる」「降り懸かる」も含みます。日常訳第1版では55か所。

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創世記(1か所)

創世記42:36 父ちちヤコブは彼かれらに言いった、「あなたがたはわたしに子こを失うしなわせた。ヨセフはいなくなり、シメオンもいなくなった。今度こんどはベニヤミンをも取とり去さる。これらはみなわたしの身みにふりかかって来くるのだ」。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書16:9 それゆえ、わたしはヤゼルと共ともに、シブマのぶどうの木きのために泣なく。ヘシボンよ、エレアレよ、わたしは涙なみだをもってあなたを浸ひたす。ときの声こえが、あなたの果実かじつと、あなたの収穫しゅうかくの上うえにふりかかってきたからである。

イザヤ書63:3 「わたしはひとりで酒さけぶねを踏ふんだ。もろもろの民たみのなかに、わたしと事ことを共ともにする者ものはなかった。わたしは怒いかりによって彼かれらを踏ふみ、憤いきどおりによって彼かれらを踏ふみにじったので、彼かれらの血ちがわが衣ころもにふりかかり、わが装よそおいをことごとく汚よごした。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書51:35 わたしとわたしの肉親にくしんにおこなった暴虐ぼうぎゃくは、バビロンにふりかかる」とシオンに住すむ者ものは言いわなければならない。「わたしの血ちはカルデヤに住すむ者ものにふりかかる」とエルサレムは言いわなければならない。

使徒行伝(1か所)

使徒20:22 今いまや、わたしは御ご霊れいに迫せまられてエルサレムへ行いく。あの都とで、どんな事ことがわたしの身みにふりかかって来くるか、わたしにはわからない。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ15:3 キリストさえ、ご自身じしんを喜よろこばせることはなさらなかった。むしろ「あなたをそしる者もののそしりが、わたしに降ふりかかった」と書かいてあるとおりであった。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ5:1 富とんでいる人ひとたちよ。よく聞きききなさい。あなたがたは、自分じぶんの身みに降ふりかかろうとしているわざわいを思おもって、泣なき叫さけぶがよい。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一4:12 愛あいする者ものたちよ。あなたがたを試こころみるために降ふりかかって来くる火ひのような試錬しれんを、何なんか思おもいがけないことが起おこったかのように驚おどろきあやしむことなく、

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