「過ち」(あやまち)が出てくる聖書の箇所

「過ち」(あやまち)は口語訳の25か所(旧約16・新約9)に出てきます。「あやまち」も含みます。日常訳第1版では72か所。

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創世記(2か所)

創世記31:36 そこでヤコブは怒おこってラバンを責せめた。そしてヤコブはラバンに言いった、「わたしにどんなあやまちがあり、どんな罪つみがあって、あなたはわたしのあとを激はげしく追おったのですか。

創世記41:9 そのとき給仕きゅうじ役やくの長ちょうはパロに告つげて言いった、「わたしはきょう、自分じぶんのあやまちを思おもい出だしました。

レビ記(1か所)

レビ記4:13 もしイスラエルの全ぜん会衆かいしゅうがあやまちを犯おかし、そのことが会衆かいしゅうの目めに隠かくれていても、主しゅのいましめにそむいて、してはならないことの一ひとつをなして、とがを得えたならば、

サムエル記上(1か所)

サムエル第一29:3 その時とき、ペリシテびとの君きみたちは言いった、「これらのヘブルびとはここで何なんをしているのか」。アキシはペリシテびとたちに言いった、「これはイスラエルの王おうサウルのしもべダビデではないか。彼かれはこの日ひごろ、この年としごろ、わたしと共ともにいたが、逃にげ落おちてきた日ひからきょうまで、わたしは彼かれにあやまちがあったのを見みたことがない」。

サムエル記下(1か所)

サムエル第二3:8 アブネルはイシボセテの言葉ことばを聞ききき、非常ひじょうに怒おこって言いった、「わたしはユダの犬いぬのかしらですか。わたしはきょう、あなたの父ちちサウルの家いえと、その兄弟きょうだいと、その友人ゆうじんとに忠誠ちゅうせいをあらわして、あなたをダビデの手てに渡わたすことをしなかったのに、あなたはきょう、女おんなの事ことのあやまちを挙あげてわたしを責せめられる。

列王紀上(1か所)

列王紀上8:50 あなたの民たみが、あなたに対たいして犯おかした罪つみと、あなたに対たいして行いったすべてのあやまちをゆるし、彼かれらを捕とらえていった者ものの前まえで、彼かれらにあわれみを得えさせ、その人々ひとびとが彼かれらをあわれむようにしてください。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記19:4 たといわたしが、まことにあやまったとしても、そのあやまちは、わたし自身じしんにとどまる。

詩篇(5か所)

詩篇19:12 だれが自分じぶんのあやまちを知しることができましようか。どうか、わたしを隠かくれたとがから解とき放はなってください。

詩篇19:13 また、あなたのしもべを引ひきとめて、故意こいの罪つみを犯おかさせず、これに支配しはいされることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者ものとなって、大おおいなるとがを免まぬがれることができるでしょう。

詩篇58:3 悪あしき者ものは胎はらを出でた時ときから、そむき去さり、生うまれ出でた時ときから、あやまちを犯おかし、偽いつわりを語かたる。

詩篇59:4 わたしにあやまちもないのに、彼かれらは走はしりまわって備そなえをします。わたしを助たすけるために目めをさまして、ごらんください。

詩篇73:10 それゆえ民みんは心こころを変かえて彼かれらをほめたたえ、彼かれらのうちにあやまちを認みとめない。

箴言(2か所)

箴言17:9 愛あいを追おい求もとめる人ひとは人ひとのあやまちをゆるす、人ひとのことを言いいふらす者ものは友ともを離はなれさせる。

箴言19:11 悟さとりは人ひとに怒いかりを忍しのばせる、あやまちをゆるすのは人ひとの誉ほまれである。

伝道の書(1か所)

伝道の書10:5 わたしは日ひの下したに一ひとつの悪あくのあるのを見みた。それはつかさたる者ものから出でるあやまちに似にている。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書6:4 そこで総監そうかんおよび総督そうとくらは、国事こくじについてダニエルを訴うったえるべき口実こうじつを得えようとしたが、訴うったえるべきなんの口実こうじつも、なんのとがをも見みいだすことができなかった。それは彼かれが忠信ちゅうしんな人ひとであって、その身みになんのあやまちも、とがも見みいだされなかったからである。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ6:14 もしも、あなたがたが、人々ひとびとのあやまちをゆるすならば、あなたがたの天てんの父ちちも、あなたがたをゆるして下くださるであろう。

マタイ6:15 もし人ひとをゆるさないならば、あなたがたの父ちちも、あなたがたのあやまちをゆるして下くださらないであろう。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ11:25 また立たって祈いのるとき、だれかに対たいして、何なんか恨うらみ事ことがあるならば、ゆるしてやりなさい。そうすれば、天てんにいますあなたがたの父ちちも、あなたがたのあやまちを、ゆるしてくださるであろう。〔

マルコ11:26 もしゆるさないならば、天てんにいますあなたがたの父ちちも、あなたがたのあやまちを、ゆるしてくださらないであろう〕」。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一2:14 またアダムは惑まどわされなかったが、女おんなは惑まどわされて、あやまちを犯おかした。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル9:7 幕屋まくやの奥おくには大だい祭司さいしが年としに一いち度どだけはいるのであり、しかも自分じぶん自身じしんと民たみとのあやまちのためにささげる血ちをたずさえないで行いくことはない。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ3:2 わたしたちは皆みな、多おおくのあやまちを犯おかすものである。もし、言葉ことばの上うえであやまちのない人ひとがあれば、そういう人ひとは、全身ぜんしんをも制御せいぎょすることのできる完全かんぜんな人ひとである。

ペテロの第二の手紙(2か所)

ペテロ第二1:10 兄弟きょうだいたちよ。それだから、ますます励はげんで、あなたがたの受うけた召めしと選えらびとを、確たしかなものにしなさい。そうすれば、決けっしてあやまちに陥おちいることはない。

ペテロ第二2:16 そのために、自分じぶんのあやまちに対たいするとがめを受うけた。ものを言いわないろばが、人間にんげんの声こえでものを言いいい、この預言よげん者しゃの狂気きょうきじみたふるまいをはばんだのである。

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