「辱め」(はずかしめ)が出てくる聖書の箇所
「辱め」(はずかしめ)は日常訳第1版の12か所(旧約8・新約4)に出てきます。「辱しめ」も含みます。口語訳では0か所。
列王紀下(1か所)
列王紀下19:3 彼らはイザヤにこう言った。「ヒゼキヤはこう言っています。今日は苦しみと懲らしめと辱めの日です。子どもが生まれようとしているのに、産み出す力がないようなものです。
詩篇(1か所)
詩篇71:13 わたしの魂を責める者たちが、恥を受けて滅びますように。わたしを傷つけようとする者たちが、非難と辱めに包まれますように。
イザヤ書(2か所)
イザヤ書30:5 みな、何の役にも立たない民のせいで恥をかく。その民は助けにも益にもならず、ただ恥と辱めをもたらすだけだ。」
イザヤ書37:3 彼らはイザヤにこう伝えた。「ヒゼキヤさまがこう言っておられます。『今日は苦しみと叱責と辱めの日だ。子どもが今にも生まれようとしているのに、産み出す力がない、そんな日だ。
エレミヤ書(3か所)
エレミヤ書15:15 主よ、あなたはご存じです。わたしを思い出し、心にかけてください。わたしを追う者たちに、あだを討ってください。あなたが怒りを抑えているあいだに、わたしを取り去らないでください。あなたのために、わたしが辱めを受けていることを知ってください。
エレミヤ書20:8 わたしは口を開くたびに叫び、「暴力だ、破壊だ」と訴えます。主の言葉のせいで、わたしは一日じゅう、辱めと嘲りの的になっているのです。
エレミヤ書29:18 わたしは剣と飢えと疫病で彼らを追いつめる。そして彼らを、地のすべての国が恐れおののくものとする。わたしが彼らを追いやったすべての国々で、彼らはのろいの言葉となり、恐怖の的となり、あざけりと辱めの的となる。
哀歌(1か所)
哀歌3:30 打つ者に頬を向け、辱めを十分に受けよ。
使徒行伝(1か所)
使徒5:41 使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるにふさわしい者とされたことを喜びながら、最高法院を後にした。
コリント人への第二の手紙(1か所)
コリント第二6:8 栄光のときも、辱めのときも、悪く言われるときも、よく言われるときも、変わらない。わたしたちは人をだます者のように見られても、真実な者であり、
ヘブル人への手紙(2か所)
ヘブル11:26 彼はキリストのために受ける辱めを、エジプトのどんな財宝よりも大きな富だと考えた。与えられる報いを見つめていたからだ。
ヘブル13:13 だから、わたしたちも宿営の外に出て、イエスのところへ行こう。イエスが受けた辱めを、自分も引き受けながら。