「誘惑」(ゆうわく)が出てくる聖書の箇所

「誘惑」(ゆうわく)は口語訳の17か所(旧約2・新約15)に出てきます。日常訳第1版では20か所。

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申命記(2か所)

申命記4:19 あなたはまた目めを上あげて天てんを望のぞみ、日ひ、月つき、星ほしすなわちすべて天てんの万象ばんしょうを見み、誘惑ゆうわくされてそれを拝おがみ、それに仕つかえてはならない。それらのものは、あなたの神かみ、主しゅが全ぜん天下てんかの万民ばんみんに分わけられたものである。

申命記13:13 よこしまな人々ひとびとがあなたがたのうちに起おこって、あなたがたの知しらなかった『ほかの神々かみがみに、われわれは行いって仕つかえよう』と言いって、その町まちに住すむ人々ひとびとを誘惑ゆうわくしたことを聞きくならば、

マタイによる福音書(2か所)

マタイ18:7 この世よは、罪つみの誘惑ゆうわくがあるから、わざわいである。罪つみの誘惑ゆうわくは必かならず来くる。しかし、それをきたらせる人ひとは、わざわいである。

マタイ26:41 誘惑ゆうわくに陥おちいらないように、目めをさまして祈いのっていなさい。心こころは熱ねっしているが、肉体にくたいが弱よわいのである」。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ14:38 誘惑ゆうわくに陥おちいらないように、目めをさまして祈いのっていなさい。心こころは熱ねっしているが、肉体にくたいが弱よわいのである」。

ルカによる福音書(4か所)

ルカ17:1 イエスは弟子でしたちに言いわれた、「罪つみの誘惑ゆうわくが来くることは避さけられない。しかし、それをきたらせる者ものは、わざわいである。

ルカ17:2 これらの小ちいさい者もののひとりを罪つみに誘惑ゆうわくするよりは、むしろ、ひきうすを首くびにかけられて海うみに投なげ入いれられた方ほうが、ましである。

ルカ22:40 いつもの場所ばしょに着ついてから、彼かれらに言いわれた、「誘惑ゆうわくに陥おちいらないように祈いのりなさい」。

ルカ22:46 言いわれた、「なぜ眠ねむっているのか。誘惑ゆうわくに陥おちいらないように、起おきて祈いのっていなさい」。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一7:5 互たがいに拒こばんではいけない。ただし、合意ごういの上うえで祈いのりに専心せんしんするために、しばらく相あい別わかれ、それからまた一緒いっしょになることは、さしつかえない。そうでないと、自制じせい力りょくのないのに乗じじょうじて、サタンがあなたがたを誘惑ゆうわくするかも知しれない。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二11:3 ただ恐おそれるのは、エバがへびの悪巧わるだくみで誘惑ゆうわくされたように、あなたがたの思おもいが汚よごされて、キリストに対たいする純情じゅんじょうと貞操ていそうとを失うしないはしないかということである。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ6:1 兄弟きょうだいたちよ。もしもある人ひとが罪過ざいかに陥おちいっていることがわかったなら、霊れいの人ひとであるあなたがたは、柔和にゅうわな心こころをもって、その人ひとを正ただしなさい。それと同時どうじに、もしか自分じぶん自身じしんも誘惑ゆうわくに陥おちいることがありはしないかと、反省はんせいしなさい。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一6:9 富とむことを願ねがい求もとめる者ものは、誘惑ゆうわくと、わなとに陥おちいり、また、人ひとを滅ほろびと破壊はかいとに沈しずませる、無む分別ぶんべつな恐おそろしいさまざまの情欲じょうよくに陥おちいるのである。

ヤコブの手紙(2か所)

ヤコブ1:13 だれでも誘惑ゆうわくに会あう場合ばあい、「この誘惑ゆうわくは、神かみからきたものだ」と言いってはならない。神かみは悪あくの誘惑ゆうわくに陥おちいるようなかたではなく、また自みずから進すすんで人ひとを誘惑ゆうわくすることもなさらない。

ヤコブ1:14 人ひとが誘惑ゆうわくに陥おちいるのは、それぞれ、欲よくに引ひかれ、さそわれるからである。

ペテロの第二の手紙(2か所)

ペテロ第二2:14 その目めは淫行いんこうを追おい、罪つみを犯おかして飽あくことを知しらない。彼かれらは心こころの定さだまらない者ものを誘惑ゆうわくし、その心こころは貪欲どんよくに慣なれ、のろいの子ことなっている。

ペテロ第二2:18 彼かれらはむなしい誇ほこりを語かたり、迷まよいの中なかに生いきている人々ひとびとの間あいだから、かろうじてのがれてきた者ものたちを、肉欲にくよくと色情しきじょうとによって誘惑ゆうわくし、

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