「訪ねる」(たずねる)が出てくる聖書の箇所
「訪ねる」(たずねる)は日常訳第1版の10か所(旧約2・新約8)に出てきます。口語訳では0か所。
士師記(1か所)
士師記15:1 しばらくして、小麦の刈り入れの時期のことだった。サムソンは子やぎを一頭持って、妻のところを訪ねた。「妻の部屋に入りたい」とサムソンが言うと、妻の父は中に入れてくれなかった。
歴代志下(1か所)
歴代志下22:7 アハズヤがヨラムのもとを訪ねて滅びを迎えたのは、神によることであった。アハズヤはそこに着くと、ヨラムとともに、ニムシの子エフーを迎えに出て行った。エフーは、アハブの家を絶ち滅ぼすために主が油を注いだ人物である。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ25:36 裸のときには服を着せてくれた。病気のときには見舞いに来てくれた。牢屋にいたときには訪ねてきてくれた。』
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ19:39 それから、ニコデモもやって来た。以前、夜にイエスのところを訪ねた、あの人である。彼は、没薬と沈香を混ぜ合わせたものを、三十キロほど持ってきた。
使徒行伝(5か所)
使徒7:23 四十歳になったとき、モーセは自分の同胞であるイスラエルの人たちを訪ねてみようと思い立った。
使徒10:28 ペテロは彼らに言った。「ご存じのとおり、ユダヤ人が外国人と付き合ったり、その家を訪ねたりするのは、わたしたちの掟では許されないことです。でも神は、どんな人のことも、汚れているとか、けがれているとか言ってはいけない、とわたしに示してくださいました。
使徒15:36 何日かたって、パウロはバルナバにこう言った。「もう一度戻って、わたしたちが主の言葉を伝えたすべての町の兄弟姉妹たちを訪ね、みんながどうしているか見てこよう。」
使徒18:2 そこで、アキラという名前のユダヤ人に出会った。ポントス生まれのこの人は、少し前にイタリアから来ていた。皇帝クラウディウスが、すべてのユダヤ人にローマを出て行くよう命じたからだ。パウロは、妻のプリスキラといっしょにいたこの夫婦のもとを訪ねた。
使徒28:30 パウロは、自分で借りた家に丸二年間住み続けた。そして、訪ねて来る人をみな受け入れた。
ヤコブの手紙(1か所)
ヤコブ1:27 父である神の前で、清く汚れのない信仰とはこういうものだ。それは、困っている孤児や未亡人を訪ねて世話をすること、そして世の汚れに染まらないよう自分を守ることだ。