「見上げる」(みあげる)が出てくる聖書の箇所

「見上げる」(みあげる)は日常訳第1版の17か所(旧約9・新約8)に出てきます。「見あげる」も含みます。口語訳では3か所。

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創世記(1か所)

創世記15:5 わたしは彼かれを外そとに連つれ出だして言いった。「空そらを見上みあげて、星ほしを数かぞえてごらん。数かぞえられるなら数かぞえてみなさい。」そして言いった。「あなたの子孫しそんは、あの星ほしのようになる。」

民数記(1か所)

民数記21:9 そこでモーセは青銅せいどうの蛇へびを作つくり、竿さおの先さきに掲かかげた。すると、蛇へびにかまれた者ものも、その青銅せいどうの蛇へびを見上みあげれば、生いきた。

列王紀下(1か所)

列王紀下9:32 イエフは窓まどを見上みあげて言いった。「わたしの味方みかたはだれだ。だれかいるか。」すると、二、三にさん人にんの宦官かんがんが彼かれを見下みおろした。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記35:5 天てんを見上みあげてみよう。そして、あなたよりはるか高たかいところにある雲くもをよく見みてみよう。

詩篇(2か所)

詩篇34:5 主しゅを見上みあげた人ひとたちは、その顔かおが輝かがやいた。恥はじをかくことは決けっしてない。

詩篇86:4 あなたのしもべであるわたしの魂たましいを、喜よろこびで満みたしてください。主しゅよ、わたしはあなたを見上みあげているのです。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書38:14 わたしは、つばめや鶴つるのように鳴なき、鳩はとのようにうめいた。天てんを見上みあげて、わたしの目めは弱よわりきった。主しゅよ、わたしは苦くるしめられています。どうか、わたしの保証ほしょう人にんとなってください。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書4:23 わたしは地ちを見みた。すると、それは形かたちもなく、むなしく、荒あれ果はてていた。天てんを見上みあげても、その光ひかりはなかった。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書33:25 だから、彼かれらにこう言いいいなさい。主しゅなる神かみはこう言いわれる。「あなたたちは血ちのついたまま肉にくを食たべ、偶像ぐうぞうを見上みあげ、血ちを流ながしている。それでこの地ちを自分じぶんのものにできると思おもうのか。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ14:19 そして群衆ぐんしゅうに命めいじて草くさの上うえに座すわらせ、五いつつのパンと二に匹ひきの魚さかなを手てに取とった。そして天てんを見上みあげ、神かみに感謝かんしゃの祈いのりをささげてパンを裂さき、弟子でしたちに渡わたした。弟子でしたちはそれを群衆ぐんしゅうに配くばった。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ6:41 イエスは五いつつのパンと二に匹ひきの魚さかなを取とり、天てんを見上みあげて神かみに感謝かんしゃの祈いのりをささげた。そして、パンを裂さいては弟子でしたちに渡わたし、みんなに配くばらせた。二に匹ひきの魚さかなも、全員ぜんいんに分わけてあげた。

マルコ7:34 それから天てんを見上みあげ、深ふかく息いきをついて、その人ひとに言いった。「エッファタ。」これは「開あけ」という意味いみだ。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ9:16 イエスは五いつつのパンと二に匹ひきの魚さかなを取とり、天てんを見上みあげて感謝かんしゃの祈いのりをささげ、それを裂さいて、群衆ぐんしゅうに配くばるようにと弟子でしたちに渡わたしていった。

ルカ19:5 イエスはその場所ばしょまで来くると、上うえを見上みあげて言いった。「ザアカイ、急いいそいで下おりて来きなさい。きょうはぜひ、あなたの家いえに泊とまりたい」

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ11:41 人々ひとびとは石いしを取とりのけた。イエスは天てんを見上みあげて言いった。「父ちちよ、わたしの願ねがいを聞きいてくださって、ありがとうございます。

使徒行伝(2か所)

使徒1:11 そして言いった。「ガリラヤの人ひとたち、なぜ空そらを見上みあげて立たっているのか。あなたがたのもとから天てんに上あげられたこのイエスは、天てんに上のぼっていくのを見みたのと同おなじように、また戻もどって来くる。」

使徒22:13 彼かれはわたしのところに来きて、そばに立たってこう言いいいました。『兄弟きょうだいサウロ、もう一いち度ど目めが見みえるようになりなさい。』すると、その瞬間しゅんかん、わたしは目めが見みえるようになり、彼かれを見上みあげました。

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