「異言」(いげん)が出てくる聖書の箇所
「異言」(いげん)は日常訳第1版の14か所(旧約0・新約14)に出てきます。口語訳では21か所。
コリント人への第一の手紙(14か所)
コリント第一12:10 ある人には奇跡を行う力が、ある人には預言が、ある人には霊を見分ける力が、ある人にはいろいろな種類の異言が、ある人にはその異言を解き明かす力が与えられる。
コリント第一13:8 愛は決して終わらない。預言はやがてすたれ、異言はやみ、知識もすたれる。
コリント第一14:2 異言を話す人は、人に向かって話しているのではなく、神に向かって話している。だれにも理解できないのに、霊によって神秘を語っているからだ。
コリント第一14:4 異言を話す人は自分自身を成長させるが、預言する人は教会を成長させる。
コリント第一14:5 わたしはあなたがた全員に異言を話してほしいと思っている。でも、それ以上に、預言できるようになってほしい。異言を話す人がそれを説き明かして教会を成長させるのでなければ、預言する人のほうが、異言を話す人よりまさっている。
コリント第一14:6 だから、兄弟姉妹よ、もしわたしがあなたがたのところへ行って異言を話すだけなら、あなたがたに何の役に立つだろう。示されたことや知識、預言や教えを伝えるのでなければ、何にもならない。
コリント第一14:13 だから、異言を話す人は、それを説き明かせるように祈りなさい。
コリント第一14:14 もしわたしが異言で祈るなら、わたしの霊は祈っていても、わたしの理性は実を結ばない。
コリント第一14:18 わたしは、あなたがた誰よりも多く異言を話すことを、神に感謝している。
コリント第一14:19 でも、教会の集まりでは、わたしは異言で一万の言葉を話すよりも、自分の理解で五つの言葉を話したい。ほかの人たちにも教えてあげられるからだ。
コリント第一14:22 だから異言は、信じている人たちのためではなく、信じていない人たちのためのしるしだ。一方、預言は、信じていない人たちのためではなく、信じている人たちのためのものだ。
コリント第一14:23 だから、もし教会全体が一つの場所に集まって、みんなが異言で話していたら、そこに何も知らない人や信じていない人が入ってきたとき、彼らは「あなたたちは気が変になっている」と言うのではないだろうか。
コリント第一14:26 では、兄弟姉妹、どうすればいいのだろう。あなたがたが集まるとき、ある人は賛美の歌を、ある人は教えを、ある人は神からの示しを、ある人は異言を、ある人はその解き明かしを持っている。そのすべてを、たがいの成長のために用いなさい。
コリント第一14:27 異言を話す人がいるなら、二人か、多くても三人で、順番に話しなさい。そして、だれか一人がそれを解き明かしなさい。