「生活」(せいかつ)が出てくる聖書の箇所

「生活」(せいかつ)は口語訳の38か所(旧約3・新約35)に出てきます。日常訳第1版では13か所。

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創世記(1か所)

創世記47:22 ただ祭司さいしの田地でんじは買かい取とらなかった。祭司さいしにはパロの給与きゅうよがあって、パロが与あたえる給与きゅうよで生活せいかつしていたので、その田地でんじを売うらなかったからである。

出エジプト記(1か所)

出エジプト1:14 つらい務つとむをもってその生活せいかつを苦くるしめた。すなわち、しっくいこね、れんが作つくり、および田畑たはたのあらゆる務つとむに当あたらせたが、そのすべての労役ろうえきはきびしかった。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記9:17 従したがうことを拒こばみ、あなたが彼かれらの中なかで行おこなわれた奇跡きせきを心こころにとめず、かえってかたくなになり、みずからひとりのかしらを立たてて、エジプトの奴隷どれいの生活せいかつに帰かえろうとしました。しかしあなたは罪つみをゆるす神かみ、恵めぐみあり、あわれみあり、怒おこることおそく、いつくしみ豊ゆたかにましまして、彼かれらを捨すてられませんでした。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ12:44 みんなの者ものはありあまる中なかから投なげ入いれたが、あの婦人ふじんはその乏とぼしい中なかから、あらゆる持もち物もの、その生活せいかつ費ひ全部ぜんぶを入いれたからである」。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ8:14 いばらの中なかに落おちたのは、聞きいてから日ひを過すごすうちに、生活せいかつの心こころづかいや富とみや快楽かいらくにふさがれて、実じつの熟じゅくするまでにならない人ひとたちのことである。

ルカ21:4 これらの人ひとたちはみな、ありあまる中なかから献金けんきんを投なげ入いれたが、あの婦人ふじんは、その乏とぼしい中なかから、持もっている生活せいかつ費ひ全部ぜんぶを入いれたからである」。

使徒行伝(4か所)

使徒20:34 あなたがた自身じしんが知しっているとおり、わたしのこの両手りょうては、自分じぶんの生活せいかつのためにも、また一緒いっしょにいた人ひとたちのためにも、働はたらいてきたのだ。

使徒21:24 この人ひとたちを連つれて行いって、彼かれらと共ともにきよめを行おこない、また彼かれらの頭あたまをそる費用ひようを引ひき受うけてやりなさい。そうすれば、あなたについて、うわさされていることは、根ねも葉はもないことで、あなたは律法りっぽうを守まもって、正ただしい生活せいかつをしていることが、みんなにわかるであろう。

使徒26:4 さて、わたしは若わかい時代じだいには、初はじめから自国じこく民みんの中なかで、またエルサレムで過すごしたのですが、そのころのわたしの生活せいかつぶりは、ユダヤ人にんがみんなよく知しっているところです。

使徒26:5 彼かれらはわたしを初はじめから知しっているので、証言しょうげんしようと思おもえばできるのですが、わたしは、わたしたちの宗教しゅうきょうの最ももっとも厳格げんかくな派はにしたがって、パリサイ人にんとしての生活せいかつをしていたのです。

コリント人への第一の手紙(4か所)

コリント第一4:17 このことのために、わたしは主しゅにあって愛あいする忠実ちゅうじつなわたしの子こテモテを、あなたがたの所ところにつかわした。彼かれは、キリスト・イエスにおけるわたしの生活せいかつのしかたを、わたしが至いたる所ところの教会きょうかいで教おしえているとおりに、あなたがたに思おもい起おこさせてくれるであろう。

コリント第一7:35 わたしがこう言いうのは、あなたがたの利益りえきになると思おもうからであって、あなたがたを束縛そくばくするためではない。そうではなく、正ただしい生活せいかつを送おくって、余念よねんなく主しゅに奉仕ほうしさせたいからである。

コリント第一9:14 それと同様どうように、主しゅは、福音ふくいんを宣のべ伝つたえている者ものたちが福音ふくいんによって生活せいかつすべきことを、定さだめられたのである。

コリント第一15:19 もしわたしたちが、この世よの生活せいかつでキリストにあって単たんなる望のぞみをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人ひとの中なかで最ももっともあわれむべき存在そんざいとなる。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ2:14 彼かれらが福音ふくいんの真理しんりに従したがってまっすぐに歩あるいていないのを見みて、わたしは衆人しゅうじんの面前めんぜんでケパに言いった、「あなたは、ユダヤ人にんであるのに、自分じぶん自身じしんはユダヤ人にんのように生活せいかつしないで、異邦いほう人にんのように生活せいかつしていながら、どうして異邦いほう人にんにユダヤ人にんのようになることをしいるのか」。

エペソ人への手紙(2か所)

エペソ3:17 また、信仰しんこうによって、キリストがあなたがたの心こころのうちに住すみ、あなたがたが愛あいに根ねざし愛あいを基もととして生活せいかつすることにより、

エペソ4:22 すなわち、あなたがたは、以前いぜんの生活せいかつに属ぞくする、情欲じょうよくに迷まよって滅ほろび行いく古ふるき人ひとを脱ぬぎ捨すて、

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ1:27 ただ、あなたがたはキリストの福音ふくいんにふさわしく生活せいかつしなさい。そして、わたしが行いってあなたがたに会あうにしても、離はなれているにしても、あなたがたが一ひとつの霊れいによって堅かたく立たち、一ひとつ心こころになって福音ふくいんの信仰しんこうのために力ちからを合あわせて戦たたかい、

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ1:10 主しゅのみこころにかなった生活せいかつをして真しんに主しゅを喜よろこばせ、あらゆる良よいわざを行おこなって実じつを結むすび、神かみを知しる知識ちしきをいよいよ増まし加くわえるに至いたることである。

テサロニケ人への第一の手紙(3か所)

テサロニケ第一2:10 あなたがたもあかしし、神かみもあかしして下くださるように、わたしたちはあなたがた信者しんじゃの前まえで、信心しんじん深ふかく、正ただしく、責せめられるところがないように、生活せいかつをしたのである。

テサロニケ第一4:11 そして、あなたがたに命めいじておいたように、つとめて落おち着ついた生活せいかつをし、自分じぶんの仕事しごとに身みをいれ、手てずから働はたらきなさい。

テサロニケ第一4:12 そうすれば、外部がいぶの人々ひとびとに対たいして品位ひんいを保たもち、まただれの世話せわにもならずに、生活せいかつできるであろう。

テサロニケ人への第二の手紙(3か所)

テサロニケ第二3:6 兄弟きょうだいたちよ。主しゅイエス・キリストの名なによってあなたがたに命めいじる。怠惰たいだな生活せいかつをして、わたしたちから受うけた言伝いいつたえに従したがわないすべての兄弟きょうだいたちから、遠とおざかりなさい。

テサロニケ第二3:7 わたしたちに、どうならうべきであるかは、あなたがた自身じしんが知しっているはずである。あなたがたの所ところにいた時ときには、わたしたちは怠惰たいだな生活せいかつをしなかったし、

テサロニケ第二3:11 ところが、聞きくところによると、あなたがたのうちのある者ものは怠惰たいだな生活せいかつを送おくり、働はたらかないで、ただいたずらに動うごきまわっているとのことである。

テモテへの第一の手紙(2か所)

テモテ第一3:15 万一まんいちわたしが遅おくれる場合ばあいには、神かみの家いえでいかに生活せいかつすべきかを、あなたに知しってもらいたいからである。神かみの家いえというのは、生いける神かみの教会きょうかいのことであって、それは真理しんりの柱はしら、真理しんりの基礎きそなのである。

テモテ第一5:6 これに反はんして、みだらな生活せいかつをしているやもめは、生いけるしかばねにすぎない。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二2:4 兵役へいえきに服ふくしている者ものは、日常にちじょう生活せいかつの事ことに煩わずらわされてはいない。ただ、兵へいを募つのった司令しれい官かんを喜よろこばせようと努つとめる。

テトスへの手紙(1か所)

テトス2:12 そして、わたしたちを導みちびき、不ふ信心しんじんとこの世よの情欲じょうよくとを捨すてて、慎つつしみ深ぶかく、正ただしく、信心しんじん深ふかくこの世よで生活せいかつし、

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル5:7 キリストは、その肉にくの生活せいかつの時ときには、激はげしい叫さけびと涙なみだとをもって、ご自分じぶんを死しから救すくう力ちからのあるかたに、祈いのりと願ねがいとをささげ、そして、その深ふかい信仰しんこうのゆえに聞ききいれられたのである。

ヘブル13:7 神かみの言げんをあなたがたに語かたった指導しどう者しゃたちのことを、いつも思おもい起おこしなさい。彼かれらの生活せいかつの最後さいごを見みて、その信仰しんこうにならいなさい。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ3:13 あなたがたのうちで、知恵ちえがあり物ものわかりのよい人ひとは、だれであるか。その人ひとは、知恵ちえにかなう柔和にゅうわな行おこないをしていることを、よい生活せいかつによって示しめすがよい。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一1:18 あなたがたのよく知しっているとおり、あなたがたが先祖せんぞ伝来でんらいの空疎くうそな生活せいかつからあがない出だされたのは、銀ぎんや金かねのような朽くちる物ものによったのではなく、

ペテロ第一3:16 しかし、やさしく、慎つつしみ深ぶかく、明あきらかな良心りょうしんをもって、弁明べんめいしなさい。そうすれば、あなたがたがキリストにあって営いとなんでいる良よい生活せいかつをそしる人々ひとびとも、そのようにののしったことを恥はじいるであろう。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二3:3 まず次つぎのことを知しるべきである。終おわりの時ときにあざける者ものたちが、あざけりながら出でてきて、自分じぶんの欲情よくじょうのままに生活せいかつし、

ユダの手紙(3か所)

ユダ1:4 そのわけは、不ふ信仰しんこうな人々ひとびとがしのび込こんできて、わたしたちの神かみの恵めぐみを放縦ほうしょうな生活せいかつに変かえ、唯一ゆいいつの君きみであり、わたしたちの主しゅであるイエス・キリストを否定ひていしているからである。彼かれらは、このようなさばきを受うけることに、昔むかしから予告よこくされているのである。

ユダ1:16 彼かれらは不平ふへいをならべ、不満ふまんを鳴ならす者ものであり、自分じぶんの欲よくのままに生活せいかつし、その口くちは大言たいげんを吐はき、利りのために人ひとにへつらう者ものである。

ユダ1:18 彼かれらはあなたがたにこう言いった、「終おわりの時ときに、あざける者ものたちがあらわれて、自分じぶんの不ふ信心しんじんな欲よくのままに生活せいかつするであろう」。

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