「比べる」(くらべる)が出てくる聖書の箇所
「比べる」(くらべる)は口語訳の20か所(旧約14・新約6)に出てきます。「くらべる」も含みます。日常訳第1版では10か所。
出エジプト記(1か所)
出エジプト15:11 主よ、神々のうち、だれがあなたに比べられようか、だれがあなたのように、聖にして栄えあるもの、ほむべくして恐るべきもの、くすしきわざを行うものであろうか。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記35:3 あなたは言う、『これはわたしになんの益があるか、罪を犯したのとくらべてなんのまさるところがあるか』と。
詩篇(2か所)
詩篇40:5 わが神、主よ、あなたのくすしきみわざと、われらを思うみおもいとは多くて、くらべうるものはない。わたしはこれを語り述べようとしても多くて数えることはできない。
詩篇90:15 あなたがわれらを苦しめられた多くの日と、われらが災にあった多くの年とに比べて、われらを楽しませてください。
箴言(2か所)
箴言3:15 知恵は宝石よりも尊く、あなたの望む何物も、これと比べるに足りない。
箴言8:11 知恵は宝石にまさり、あなたがたの望むすべての物は、これと比べるにたりない。
イザヤ書(3か所)
イザヤ書40:18 それで、あなたがたは神をだれとくらべ、どんな像と比較しようとするのか。
イザヤ書40:25 聖者は言われる、「それで、あなたがたは、わたしをだれにくらべ、わたしは、だれにひとしいというのか」。
イザヤ書46:5 あなたがたは、わたしをだれにたぐい、だれと等しくし、だれにくらべ、かつなぞらえようとするのか。
エレミヤ書(2か所)
エレミヤ書23:28 夢をみた預言者は夢を語るがよい。しかし、わたしの言葉を受けた者は誠実にわたしの言葉を語らなければならない。わらと麦とをくらべることができようかと、主は言われる。
エレミヤ書30:7 悲しいかな、その日は大いなる日であって、それに比べるべき日はない。それはヤコブの悩みの時である。しかし彼はそれから救い出される。
哀歌(1か所)
哀歌2:13 エルサレムの娘よ、わたしは何をあなたに言い、何にあなたを比べることができようか。シオンの娘なるおとめよ、わたしは何をもってあなたになぞらえて、あなたを慰めることができようか。あなたの破れは海のように大きい、だれがあなたをいやすことができようか。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書31:8 神の園の香柏も、これと競うことはできない。もみの木もその枝葉に及ばない。けやきもその枝と比べられない。神の園のすべての木も、その麗しきこと、これに比すべきものはない。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書1:13 そしてわたしたちの顔色と、王の食物を食べる若者の顔色とをくらべて見て、あなたの見るところにしたがって、しもべらを扱ってください」。
マタイによる福音書(3か所)
マタイ7:24 それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。
マタイ7:26 また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。
マタイ11:16 今の時代を何に比べようか。それは子供たちが広場にすわって、ほかの子供たちに呼びかけ、
マルコによる福音書(1か所)
マルコ4:30 また言われた、「神の国を何に比べようか。また、どんな譬で言いあらわそうか。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ7:31 だから今の時代の人々を何に比べようか。彼らは何に似ているか。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ8:18 わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。