「本人」(ほんにん)が出てくる聖書の箇所
「本人」(ほんにん)は日常訳第1版の20か所(旧約12・新約8)に出てきます。口語訳では4か所。
創世記(1か所)
創世記24:57 彼らは言った。「娘を呼んで、本人に聞いてみよう」
レビ記(6か所)
レビ記20:9 自分の父や母をののしる者は、必ず死ななければならない。父母をののしったのだから、その血の責任は本人にある。
レビ記20:11 父の妻と寝る者は、父を辱めたことになる。二人とも必ず死ななければならない。その血の責任は本人たちにある。
レビ記20:12 息子の妻と寝る者は、二人とも必ず死ななければならない。彼らは道に外れたことをしたのだ。その血の責任は本人たちにある。
レビ記20:13 女と寝るように男と寝る者は、二人とも忌まわしいことをしたのだ。必ず死ななければならない。その血の責任は本人たちにある。
レビ記20:16 獣に近づいて交わる女は、その女も獣も殺さなければならない。二人とも必ず死ななければならない。その血の責任は本人たちにある。
レビ記20:27 男であれ女であれ、死者の霊を呼び出したり、占いをしたりする者は、必ず殺されなければならない。石で打ち殺しなさい。その血の責任は本人たちにある。」
列王紀下(1か所)
列王紀下25:7 彼らはゼデキヤの子たちを、本人の目の前で殺した。そしてゼデキヤの両目をつぶし、青銅の鎖でつないで、バビロンへ連れて行った。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記21:19 「神は悪人の罪を、その子どもたちのために取っておく」と、あなたたちは言う。でも、神はその罰を本人に返して、本人に思い知らせるべきだ。
エゼキエル書(2か所)
エゼキエル書33:4 その角笛の音を聞いても警告に従わない者がいて、剣が来てその命を奪ったなら、その死の責任は本人にある。
エゼキエル書33:5 角笛の音を聞いたのに警告に従わなかったのだから、その死の責任は本人にある。だが、警告に従っていれば、自分の命を救えたはずだ。
ヨナ書(1か所)
ヨナ書1:10 これを聞いて、人々はますますおびえた。そして言った。「なんてことをしてくれたんだ。」ヨナが主のもとから逃げていることを、彼らはすでに本人から聞いて知っていたのだ。
ヨハネによる福音書(5か所)
ヨハネ7:51 ニコデモは言った。「わたしたちの律法では、まず本人の言い分を聞き、その人が何をしたのかを確かめないうちは、人を裁いたりしないはずだ。」
ヨハネ9:2 弟子たちがイエスに尋ねた。「先生、この人が生まれつき目が見えないのは、だれかが罪を犯したせいですか。本人ですか、それとも両親ですか」
ヨハネ9:9 ある人たちは「あの人だ」と言い、別の人たちは「いや、似ているだけだ」と言った。でも本人は「わたしがその人だ」と言った。
ヨハネ9:21 でも、どうして今見えるようになったのか、それはわからない。だれがあの子の目を開けてくれたのかも、わたしたちは知らない。本人に聞いてください。もう大人なんだから、自分のことは自分で話せるはずです。」
ヨハネ9:23 それで、彼の両親は「もう大人ですから、本人に聞いてください」と言ったのだ。
使徒行伝(2か所)
使徒4:14 しかも、治った本人が二人のそばに立っているのを見ては、何も言い返すことができなかった。
使徒9:24 でも、その企ては本人に知られてしまった。彼らはサウロを殺そうと、昼も夜も町の門を見張っていた。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一3:15 もしだれかの仕事が焼けてしまえば、その人は損をする。でも、本人は救われる。ただし、火の中をくぐり抜けるようにして、かろうじて救われるのだ。