「曲げる」(まげる)が出てくる聖書の箇所

「曲げる」(まげる)は日常訳第1版の17か所(旧約15・新約2)に出てきます。「まげる」も含みます。口語訳では29か所。

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出エジプト記(2か所)

出エジプト23:2 多おおくの人ひとが悪わるいことをしていても、それに従したがってはいけない。裁判さいばんで証言しょうげんするとき、多数たすう派はに流ながされて事実じじつを曲まげてはいけない。

出エジプト23:6 貧まずしい人ひとが訴うったえを起おこしたとき、その裁判さいばんを不当ふとうに曲まげてはいけない。

申命記(2か所)

申命記16:19 裁さばきを曲まげてはならない。人ひとをえこひいきしてはならない。わいろを受うけ取とってはならない。わいろは賢かしこい人ひとの目めをくらませ、正ただしい人ひとの言い分いいぶんをゆがめてしまうからだ。

申命記27:19 「外国がいこくから来きた人ひとや、父ちちのない子こや、夫おっとを亡なくした女性じょせいの権利けんりを曲まげる者ものは呪のろわれる。」民たみは全員ぜんいんこう言いいいなさい。「アーメン。」

サムエル記上(1か所)

サムエル第一8:3 でも息子むすこたちは父ちちの生いき方かたには従したがわなかった。お金かねもうけに走はしり、わいろを受うけ取とって、裁判さいばんを曲まげたのだ。

ヨブ記(2か所)

ヨブ記8:3 神かみは正ただしい裁さばきを曲まげたりしない。全能ぜんのう者しゃが正義せいぎを曲まげることなどあるだろうか。

ヨブ記33:27 わたしは人々ひとびとの前まえでこう歌ううたう。「わたしは罪つみを犯おかし、正ただしいことを曲まげてしまった。でも神かみはそれに見合みあった罰ばつをわたしに下くださなかった。

詩篇(1か所)

詩篇38:6 わたしは背せを曲まげ、ひどくうなだれている。一いち日にちじゅう、悲かなしみに沈しずんで歩あるきまわっている。

箴言(2か所)

箴言10:9 まっすぐに歩あゆむ人ひとは、安心あんしんして歩あるける。でも道みちを曲まげて歩あるく人ひとは、いつか正体しょうたいがばれる。

箴言17:23 悪人あくにんはこっそり賄賂わいろを受うけ取とり、公正こうせいなさばきを曲まげてしまう。

伝道の書(1か所)

伝道の書7:13 神かみのなさることをよく見みてほしい。神かみが曲まげたものを、だれがまっすぐにできるだろうか。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書59:8 彼かれらは平和へいわの道みちを知しらず、その歩あゆみに正義せいぎはない。自分じぶんの進すすむ道みちを曲まげてしまい、そこを歩あるく者ものはだれも平和へいわを知しることがない。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書3:21 裸はだかの丘おかの上うえで、声こえが聞きこえる。イスラエルの子こらが泣ないて、あわれみを求もとめる声こえだ。彼かれらは自分じぶんの道みちを曲まげ、自分じぶんの神かみである主しゅを忘わすれてしまったからだ。

哀歌(1か所)

哀歌3:9 切きり石いしでわたしの道みちをふさぎ、行いく道みちを曲まげてしまった。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書17:7 もう一ひと羽わ、大おおきな鷲わしがいた。翼つばさは大おおきく、羽はねも豊ゆたかだった。すると、このぶどうの木きは根ねをその鷲わしのほうへ曲まげ、枝えだをその鷲わしのほうへ伸のばした。植うえられた畑はたけから、鷲わしに水みずをもらおうとしたのだ。

使徒行伝(1か所)

使徒13:10 言いった。「あらゆる偽いつわりと悪わるだくみに満みちた者もの、悪魔あくまの子こ、あらゆる義ぎの敵てきよ。おまえは主しゅのまっすぐな道みちを曲まげるのを、いつになったらやめるのか。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二3:16 パウロはどの手紙てがみの中なかでも、こうしたことについて語かたっている。その手紙てがみには理解りかいしにくいところもあって、無知むちで心こころの定さだまらない人ひとたちは、ほかの聖書せいしょと同おなじようにそれを曲まげて解釈かいしゃくし、自分じぶん自身じしんを滅ほろびに引ひき込こんでいる。

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