「憂える」(うれえる)が出てくる聖書の箇所
「憂える」(うれえる)は口語訳の16か所(旧約14・新約2)に出てきます。「憂う」も含みます。日常訳第1版では0か所。
出エジプト記(1か所)
出エジプト33:4 民はこの悪い知らせを聞いて憂い、ひとりもその飾りを身に着ける者はなかった。
サムエル記上(2か所)
サムエル第一20:34 ヨナタンは激しく怒って席を立ち、その月のふつかには食事をしなかった。父がダビデをはずかしめたので、ダビデのために憂えたからである。
サムエル第一22:8 あなたがたは皆共にはかってわたしに敵した。わたしの子がエッサイの子と契約を結んでも、それをわたしに告げるものはなく、またあなたがたのうち、ひとりもわたしのために憂えず、きょうのように、わたしの子がわたしのしもべをそそのかしてわたしに逆らわせ、道で彼がわたしを待ち伏せするようになっても、わたしに告げる者はない」。
ネヘミヤ記(2か所)
ネヘミヤ記8:10 そして彼らに言った、「あなたがたは去って、肥えたものを食べ、甘いものを飲みなさい。その備えのないものには分けてやりなさい。この日はわれわれの主の聖なる日です。憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です」。
ネヘミヤ記8:11 レビびともまたすべての民を静めて、「泣くことをやめなさい。この日は聖なる日です。憂えてはならない」と言った。
エステル記(1か所)
エステル記6:12 こうしてモルデカイは王の門に帰ってきたが、ハマンは憂え悩み、頭をおおって急いで家に帰った。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記17:7 わが目は憂いによってかすみ、わがからだはすべて影のようだ。
詩篇(2か所)
詩篇6:7 わたしの目は憂いによって衰え、もろもろのあだのゆえに弱くなった。
詩篇31:9 主よ、わたしをあわれんでください。わたしは悩み苦しんでいます。わたしの目は憂いによって衰え、わたしの魂も、からだもまた衰えました。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書63:10 ところが彼らはそむいてその聖なる霊を憂えさせたので、主はひるがえって彼らの敵となり、みずから彼らと戦われた。
エレミヤ書(2か所)
エレミヤ書17:8 彼は水のほとりに植えた木のようで、その根を川にのばし、暑さにあっても恐れることはない。その葉は常に青く、ひでりの年にも憂えることなく、絶えず実を結ぶ」。
エレミヤ書31:12 彼らは来てシオンの山で声高く歌い、主から賜わった良い物のために、穀物と酒と油および若き羊と牛のために、喜びに輝く。その魂は潤う園のようになり、彼らは重ねて憂えることがない。
ダニエル書(2か所)
ダニエル書6:14 王はこの言葉を聞いて大いに憂え、ダニエルを救おうと心を用い、日の入るまで、彼を救い出すことに努めた。
ダニエル書7:15 そこで、われダニエル、わがうちなる霊は憂え、わが脳中の幻は、わたしを悩ましたので、
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ16:20 よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたは泣き悲しむが、この世は喜ぶであろう。あなたがたは憂えているが、その憂いは喜びに変るであろう。
ヤコブの手紙(1か所)
ヤコブ4:9 苦しめ、悲しめ、泣け。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えよ。