「憂い」(うれい)が出てくる聖書の箇所
「憂い」(うれい)は口語訳の19か所(旧約16・新約3)に出てきます。日常訳第1版では0か所。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一1:16 はしためを、悪い女と思わないでください。積る憂いと悩みのゆえに、わたしは今まで物を言っていたのです」。
エステル記(1か所)
エステル記9:22 すなわちこの両日にユダヤ人がその敵に勝って平安を得、またこの月は彼らのために憂いから喜びに変り、悲しみから祝日に変ったので、これらを酒宴と喜びの日として、互に食べ物を贈り、貧しい者に施しをする日とせよとさとした。
箴言(7か所)
箴言10:10 目で、めくばせする者は憂いをおこし、あからさまに、戒める者は平和をきたらせる。
箴言12:25 心に憂いがあればその人をかがませる、しかし親切な言葉はその人を喜ばせる。
箴言14:13 笑う時にも心に悲しみがあり、喜びのはてに憂いがある。
箴言15:13 心に楽しみがあれば顔色も喜ばしい、心に憂いがあれば気はふさぐ。
箴言17:22 心の楽しみは良い薬である、たましいの憂いは骨を枯らす。
箴言17:25 愚かな子はその父の憂いである、またこれを産んだ母の痛みである。
箴言23:29 災ある者はだれか、憂いある者はだれか、争いをする者はだれか、煩いある者はだれか、ゆえなく傷をうける者はだれか、赤い目をしている者はだれか。
伝道の書(3か所)
伝道の書1:18 それは知恵が多ければ悩みが多く、知識を増す者は憂いを増すからである。
伝道の書2:23 そのすべての日はただ憂いのみであって、そのわざは苦しく、その心は夜の間も休まることがない。これもまた空である。
伝道の書7:3 悲しみは笑いにまさる。顔に憂いをもつことによって、心は良くなるからである。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書61:3 シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、灰にかえて冠を与え、悲しみにかえて喜びの油を与え、憂いの心にかえて、さんびの衣を与えさせるためである。こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、主がその栄光をあらわすために植えられた者ととなえられる。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書31:13 その時おとめたちは舞って楽しみ、若い者も老いた者も共に楽しむ。わたしは彼らの悲しみを喜びにかえ、彼らを慰め、憂いの代りに喜びを与える。
哀歌(1か所)
哀歌2:5 主は敵のようになって、イスラエルを滅ぼし、そのすべての宮殿を滅ぼし、そのとりでをこわし、ユダの娘の上に憂いと悲しみとを増し加えられた。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書23:33 あなたは酔いと憂いとに満たされる。驚きと滅びの杯、これがあなたの姉サマリヤの杯である。
ヨハネによる福音書(2か所)
ヨハネ16:6 かえって、わたしがこれらのことを言ったために、あなたがたの心は憂いで満たされている。
ヨハネ16:20 よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたは泣き悲しむが、この世は喜ぶであろう。あなたがたは憂えているが、その憂いは喜びに変るであろう。
コリント人への第二の手紙(1か所)
コリント第二2:4 わたしは大きな患難と心の憂いの中から、多くの涙をもってあなたがたに書きおくった。それは、あなたがたを悲しませるためではなく、あなたがたに対してあふれるばかりにいだいているわたしの愛を、知ってもらうためであった。