「悲しい」(かなしい)が出てくる聖書の箇所

「悲しい」(かなしい)は日常訳第1版の6か所(旧約1・新約5)に出てきます。口語訳では11か所。

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サムエル記上(1か所)

サムエル第一1:18 ハンナは言いった。「あなたのしもべである、このわたしに、どうか目めをかけてください。」そして彼女かのじょは帰かえって行いき、食事しょくじをした。その顔かおは、もう悲かなしげではなかった。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ26:22 弟子でしたちはひどく悲かなしくなって、一人ひとりひとりひとり「主しゅよ、まさかわたしのことでは」とイエスに言いいいはじめた。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ14:19 弟子でしたちは悲かなしくなって、次々つぎつぎにイエスに尋たずねた。「まさか、わたしのことですか。」

ルカによる福音書(1か所)

ルカ7:32 広場ひろばに座すわって、たがいに呼よびかけ合あう子こどもたちに似にている。『笛ふえを吹ふいてあげたのに、君きみたちは踊おどらなかった。悲かなしい歌うたを歌うたってあげたのに、泣なかなかった』と言いうようなものだ。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ21:17 イエスは三さん度ど目めに言いった。「ヨハネの子こシモン、わたしを愛あいしているか。」ペテロは、イエスが三さん度ども「わたしを愛あいしているか」と言いったので、悲かなしくなった。そしてイエスに言いった。「主しゅよ、あなたは何なんもかもご存ぞんじです。わたしがあなたを愛あいしていることも、わかってくださっています。」イエスは彼かれに言いった。「わたしの羊ひつじを飼かいなさい。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二2:1 だからわたしは、あなたたちのところへ、もう悲かなしい思おもいをさせに行いくことはやめようと、心こころに決きめた。

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