「恵む」(めぐむ)が出てくる聖書の箇所
「恵む」(めぐむ)は口語訳の24か所(旧約22・新約2)に出てきます。日常訳第1版では10か所。
創世記(2か所)
創世記32:9 ヤコブはまた言った、「父アブラハムの神、父イサクの神よ、かつてわたしに『おまえの国へ帰り、おまえの親族に行け。わたしはおまえを恵もう』と言われた主よ、
創世記32:12 あなたは、かつて、『わたしは必ずおまえを恵み、おまえの子孫を海の砂の数えがたいほど多くしよう』と言われました」。
出エジプト記(1か所)
出エジプト33:19 主は言われた、「わたしはわたしのもろもろの善をあなたの前に通らせ、主の名をあなたの前にのべるであろう。わたしは恵もうとする者を恵み、あわれもうとする者をあわれむ」。
申命記(2か所)
申命記1:11 ――どうぞ、あなたがたの先祖の神、主があなたがたを、今あるより千倍も多くし、またあなたがたに約束されたように、あなたがたを恵んでくださるように。――
申命記2:7 あなたの神、主が、あなたのするすべての事において、あなたを恵み、あなたがこの大いなる荒野を通るのを、見守られたからである。あなたの神、主がこの四十年の間、あなたと共におられたので、あなたは何も乏しいことがなかった」』。
士師記(1か所)
士師記17:13 それでミカは言った、「今わたしはレビびとを祭司に持つようになったので、主がわたしをお恵みくださることがわかりました」。
列王紀下(1か所)
列王紀下13:23 主はアブラハム、イサク、ヤコブと結ばれた契約のゆえにイスラエルを恵み、これをあわれみ、これを顧みて滅ぼすことを好まず、なおこれをみ前から捨てられなかった。
歴代志上(1か所)
歴代志上4:10 ヤベヅはイスラエルの神に呼ばわって言った、「どうか、あなたが豊かにわたしを恵み、わたしの国境を広げ、あなたの手がわたしとともにあって、わたしを災から免れさせ、苦しみをうけさせられないように」。神は彼の求めるところをゆるされた。
ネヘミヤ記(3か所)
ネヘミヤ記1:11 主よ、どうぞしもべの祈と、あなたの名を恐れることを喜ぶあなたのしもべらの祈に耳を傾けてください。どうぞ、きょう、しもべを恵み、この人の目の前であわれみを得させてください」。この時、わたしは王の給仕役であった。
ネヘミヤ記5:19 わが神よ、わたしがこの民のためにしたすべての事を覚えて、わたしをお恵みください。
ネヘミヤ記13:31 また定められた時に、たきぎの供え物をささげさせ、また初物をささげさせた。わが神よ、わたしを覚え、わたしをお恵みください。
詩篇(4か所)
詩篇28:9 どうぞ、あなたの民を救い、あなたの嗣業を恵み、彼らの牧者となって、とこしえに彼らをいだき導いてください。
詩篇109:17 彼はのろうことを好んだ。のろいを彼に臨ませてください。彼は恵むことを喜ばなかった。恵みを彼から遠ざけてください。
詩篇115:12 主はわれらをみこころにとめられた。主はわれらを恵み、イスラエルの家を恵み、アロンの家を恵み、
詩篇119:58 わたしは心をつくして、あなたの恵みを請い求めます。あなたの約束にしたがって、わたしをお恵みください。
箴言(2か所)
箴言22:9 人を見て恵む者はめぐまれる、自分のパンを貧しい人に与えるからである。
箴言28:8 利息と高利とによってその富をます者は、貧しい者を恵む者のために、それをたくわえる。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書33:2 主よ、われわれをお恵みください、われわれはあなたを待ち望む。朝ごとに、われわれの腕となり、悩みの時に、救となってください。
エレミヤ書(2か所)
エレミヤ書24:5 「イスラエルの神、主はこう仰せられる、この所からカルデヤびとの地に追いやったユダの捕われ人を、わたしはこの良いいちじくのように顧みて恵もう。
エレミヤ書24:6 わたしは彼らに目をかけてこれを恵み、彼らをこの地に返し、彼らを建てて倒さず、植えて抜かない。
ヨナ書(1か所)
ヨナ書4:2 主に祈って言った、「主よ、わたしがなお国におりました時、この事を申したではありませんか。それでこそわたしは、急いでタルシシにのがれようとしたのです。なぜなら、わたしはあなたが恵み深い神、あわれみあり、怒ることおそく、いつくしみ豊かで、災を思いかえされることを、知っていたからです。
ゼカリヤ書(1か所)
ゼカリヤ書4:7 大いなる山よ、おまえは何者か。おまえはゼルバベルの前に平地となる。彼は『恵みあれ、これに恵みあれ』と呼ばわりながら、かしら石を引き出すであろう」。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一2:3 あなたがたは、主が恵み深いかたであることを、すでに味わい知ったはずである。