「御前」(ごぜん)が出てくる聖書の箇所
「御前」(ごぜん)は日常訳第1版の13か所(旧約10・新約3)に出てきます。口語訳では0か所。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二22:13 御前に輝く光から、燃える炭火が飛び散った。
列王紀下(2か所)
列王紀下13:23 しかし主は、アブラハム、イサク、ヤコブと結んだ契約のゆえに、彼らを恵み、あわれみ、彼らに顔を向けられた。主は彼らを滅ぼそうとはせず、また今に至るまで、御前から捨て去ることもされなかった。
列王紀下24:3 確かにこれは、主の命令によってユダに起こったことだった。マナセが犯したすべての罪のために、主はユダを御前から取り除こうとされたのだ。
歴代志上(1か所)
歴代志上16:27 栄光と輝きが主の御前にあり、力と喜びが主のおられる所にある。
歴代志下(3か所)
歴代志下2:4 ご覧のとおり、わたしはわたしの神、主の名のために神殿を建てようとしています。それを主にささげ、御前で香り高い香をたき、いつも供えのパンを並べ、朝ごとに夕ごとに、また安息日、新月の祭り、わたしたちの神、主の定めの祭りごとに、焼き尽くすいけにえをささげるためです。これはイスラエルが永遠に守るべき定めです。
歴代志下2:6 とはいえ、いったいだれに、主のために神殿を建てる力があるでしょうか。天も、天の天も、主をお入れすることはできないのに。このわたしが何者だというのでしょう。主のために神殿を建てるといっても、ただ御前で香をたくためにすぎません。
歴代志下29:11 わたしの子たちよ、今、怠けていてはいけない。主はあなたがたを選び、御前に立って主に仕え、主に奉仕して香をたく者とされたのだから。」
イザヤ書(1か所)
イザヤ書63:9 彼らが苦しむとき、主も共に苦しんだ。御前にいる使いが彼らを救った。主は愛とあわれみによって彼らを救い出し、昔からずっと、彼らを抱き上げ、担ってこられた。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書52:3 主が怒られたために、こうしたことがエルサレムとユダに起こった。ついに主は、彼らを御前から投げ捨てられた。そして、ゼデキヤはバビロンの王に反逆した。
ミカ書(1か所)
ミカ書6:6 わたしは何を持って主の前に行き、天におられる神の前にひれ伏せばいいのだろう。焼き尽くすいけにえや、一歳の子牛を持って、御前に行けばいいのか。
コリント人への第二の手紙(1か所)
コリント第二4:14 イエスをよみがえらせた神が、イエスとともにわたしたちもよみがえらせ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださる。わたしたちは、それを知っている。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ1:22 しかし今、神は御子の肉の体において、その死によってあなたがたを和解させてくださった。それは、あなたがたを聖なる、傷のない、非難されるところのない者として、御前に立たせるためだ。
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二1:9 その人たちは、主の御前とその力ある栄光から締め出され、永遠の滅びという罰を受けることになります。