「左右」(さゆう)が出てくる聖書の箇所
「左右」(さゆう)は口語訳の10か所(旧約8・新約2)に出てきます。日常訳第1版では5か所。
出エジプト記(1か所)
出エジプト2:12 左右を見まわし、人のいないのを見て、そのエジプトびとを打ち殺し、これを砂の中に隠した。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二16:6 そして彼はダビデとダビデ王のもろもろの家来に向かって石を投げた。その時、民と勇士たちはみな王の左右にいた。
列王紀下(2か所)
列王紀下2:8 エリヤは外套を取り、それを巻いて水を打つと、水が左右に分れたので、ふたりはかわいた土の上を渡ることができた。
列王紀下2:14 そしてエリヤの身から落ちたその外套を取って水を打ち、「エリヤの神、主はどこにおられますか」と言い、彼が水を打つと、水は左右に分れたので、エリシャは渡った。
歴代志上(1か所)
歴代志上12:2 弓をよくする者、左右いずれの手をもってもよく矢を射、石を投げる者で、ともにベニヤミンびとで、サウルの同族である。
ネヘミヤ記(1か所)
ネヘミヤ記9:37 そしてこの地はわれわれの罪のゆえに、あなたがわれわれの上に立てられた王たちのために多くの産物を出しています。かつ彼らはわれわれの身をも、われわれの家畜をも意のままに左右することができるので、われわれは大いなる苦難のうちにあるのです」。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書4:8 見よ、わたしはあなたに、なわをかけて、あなたの包囲の期間の終るまで、左右に動くことができないようにする。
ゼカリヤ書(1か所)
ゼカリヤ書4:11 わたしはまた彼に尋ねて、「燭台の左右にある、この二本のオリブの木はなんですか」と言い、
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一10:29 良心と言ったのは、自分の良心ではなく、他人の良心のことである。なぜなら、わたしの自由が、どうして他人の良心によって左右されることがあろうか。
コリント人への第二の手紙(1か所)
コリント第二6:7 真理の言葉と神の力とにより、左右に持っている義の武器により、