「天国」(てんごく)が出てくる聖書の箇所

「天国」(てんごく)は口語訳の32か所(旧約0・新約32)に出てきます。日常訳第1版では0か所。

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マタイによる福音書(32か所)

マタイ3:2 「悔くい改あらためよ、天国てんごくは近ちかづいた」。

マタイ4:17 この時ときからイエスは教きょうを宣のべはじめて言いわれた、「悔くい改あらためよ、天国てんごくは近ちかづいた」。

マタイ5:3 「こころの貧まずしい人ひとたちは、さいわいである、天国てんごくは彼かれらのものである。

マタイ5:10 義ぎのために迫害はくがいされてきた人ひとたちは、さいわいである、天国てんごくは彼かれらのものである。

マタイ5:19 それだから、これらの最ももっとも小ちいさいいましめの一ひとつでも破やぶり、またそうするように人ひとに教おしえたりする者ものは、天国てんごくで最ももっとも小ちいさい者ものと呼よばれるであろう。しかし、これをおこないまたそう教おしえる者ものは、天国てんごくで大おおいなる者ものと呼よばれるであろう。

マタイ5:20 わたしは言いっておく。あなたがたの義ぎが律法りっぽう学がく者しゃやパリサイ人にんの義ぎにまさっていなければ、決けっして天国てんごくに、はいることはできない。

マタイ7:21 わたしにむかって『主しゅよ、主しゅよ』と言いう者ものが、みな天国てんごくにはいるのではなく、ただ、天てんにいますわが父ちちの御お旨むねを行おこなう者ものだけが、はいるのである。

マタイ8:11 なお、あなたがたに言ゆうが、多おおくの人ひとが東ひがしから西にしからきて、天国てんごくで、アブラハム、イサク、ヤコブと共ともに宴会えんかいの席せきにつくが、

マタイ10:7 行いって、『天国てんごくが近ちかづいた』と宣のべ伝つたえよ。

マタイ11:11 あなたがたによく言いっておく。女おんなの産うんだ者ものの中なかで、バプテスマのヨハネより大おおきい人物じんぶつは起おこらなかった。しかし、天国てんごくで最ももっとも小ちいさい者ものも、彼かれよりは大おおきい。

マタイ11:12 バプテスマのヨハネの時ときから今いまに至いたるまで、天国てんごくは激はげしく襲おそわれている。そして激はげしく襲おそう者ものたちがそれを奪うばい取とっている。

マタイ13:11 そこでイエスは答こたえて言いわれた、「あなたがたには、天国てんごくの奥義おうぎを知しることが許ゆるされているが、彼かれらには許ゆるされていない。

マタイ13:24 また、ほかの譬たとえを彼かれらに示ししめして言いわれた、「天国てんごくは、良よい種たねを自分じぶんの畑はたけにまいておいた人ひとのようなものである。

マタイ13:31 また、ほかの譬たとえを彼かれらに示ししめして言いわれた、「天国てんごくは、一いち粒つぶのからし種しゅのようなものである。ある人ひとがそれをとって畑はたけにまくと、

マタイ13:33 またほかの譬たとえを彼かれらに語かたられた、「天国てんごくは、パン種しゅのようなものである。女おんながそれを取とって三さん斗との粉こなの中なかに混まぜると、全体ぜんたいがふくらんでくる」。

マタイ13:44 天国てんごくは、畑はたけに隠かくしてある宝たからのようなものである。人ひとがそれを見みつけると隠かくしておき、喜よろこびのあまり、行いって持もち物ものをみな売うりはらい、そしてその畑はたけを買かうのである。

マタイ13:45 また天国てんごくは、良よい真珠しんじゅを捜さがしている商人しょうにんのようなものである。

マタイ13:47 また天国てんごくは、海うみにおろして、あらゆる種類しゅるいの魚さかなを囲かこみいれる網あみのようなものである。

マタイ13:52 そこで、イエスは彼かれらに言いわれた、「それだから、天国てんごくのことを学まなんだ学者がくしゃは、新あたらしいものと古ふるいものとを、その倉くらから取とり出だす一家いっかの主人しゅじんのようなものである」。

マタイ16:19 わたしは、あなたに天国てんごくのかぎを授さずけよう。そして、あなたが地上ちじょうでつなぐことは、天てんでもつながれ、あなたが地上ちじょうで解とくことは天てんでも解とかれるであろう」。

マタイ18:1 そのとき、弟子でしたちがイエスのもとにきて言いった、「いったい、天国てんごくではだれがいちばん偉えらいのですか」。

マタイ18:3 「よく聞きききなさい。心こころをいれかえて幼おさな子ごのようにならなければ、天国てんごくにはいることはできないであろう。

マタイ18:4 この幼おさな子ごのように自分じぶんを低ひくする者ものが、天国てんごくでいちばん偉えらいのである。

マタイ18:23 それだから、天国てんごくは王おうが僕ぼくたちと決算けっさんをするようなものだ。

マタイ19:12 というのは、母ははの胎内たいないから独身どくしん者しゃに生うまれついているものがあり、また他ほかから独身どくしん者しゃにされたものもあり、また天国てんごくのために、みずから進すすんで独身どくしん者しゃとなったものもある。この言葉ことばを受うけられる者ものは、受うけいれるがよい」。

マタイ19:14 するとイエスは言いわれた、「幼おさな子ごらをそのままにしておきなさい。わたしのところに来くるのをとめてはならない。天国てんごくはこのような者ものの国くにである」。

マタイ19:23 それからイエスは弟子でしたちに言いわれた、「よく聞きききなさい。富とんでいる者ものが天国てんごくにはいるのは、むずかしいものである。

マタイ20:1 天国てんごくは、ある家いえの主人しゅじんが、自分じぶんのぶどう園えんに労働ろうどう者しゃを雇やとうために、夜よるが明あけると同時どうじに、出でかけて行いくようなものである。

マタイ22:2 「天国てんごくは、ひとりの王おうがその王子おうじのために、婚こん宴えんを催もよおすようなものである。

マタイ23:13 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんたちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、天国てんごくを閉とざして人々ひとびとをはいらせない。自分じぶんもはいらないし、はいろうとする人ひとをはいらせもしない。〔

マタイ25:1 そこで天国てんごくは、十じゅう人にんのおとめがそれぞれあかりを手てにして、花婿はなむこを迎むかえに出でて行いくのに似にている。

マタイ25:14 また天国てんごくは、ある人ひとが旅たびに出でるとき、その僕ぼくどもを呼よんで、自分じぶんの財産ざいさんを預あずけるようなものである。

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