「増し」(まし)が出てくる聖書の箇所
「増し」(まし)は日常訳第1版の25か所(旧約16・新約9)に出てきます。口語訳では20か所。
列王紀上(1か所)
列王紀上19:4 自分は一日分の道のりを荒れ野へと進んで行った。そして、一本のえにしえの木の下まで来て腰を下ろすと、死なせてほしいと願って言った。「主よ、もう十分です。どうかわたしの命を取ってください。わたしは先祖たちよりましな者ではありません。」
ヨブ記(1か所)
ヨブ記7:15 わたしは首を絞められて死ぬほうがましだと思う。この骨のままで生きるより、死んだほうがいい。
箴言(6か所)
箴言12:9 低く見られていても召し使いがいる人のほうが、偉そうにしていてパンにも困る人よりましだ。
箴言17:12 愚か者の愚かさに出くわすくらいなら、子を奪われた熊に出会うほうがまだましだ。
箴言19:22 人に望まれるのは、その人の変わらぬ慈しみだ。貧しい人でも、うそをつく人よりましだ。
箴言21:9 争ってばかりの妻と広い家で暮らすより、屋根のすみっこで暮らすほうがましだ。
箴言21:19 争ってばかりで怒りっぽい妻と暮らすより、荒れ野に住むほうがましだ。
箴言25:24 争ってばかりの妻と広い家で暮らすより、屋根の隅にいるほうがましだ。
伝道の書(3か所)
伝道の書6:3 たとえある人が百人の子をもうけ、長い年月を生き、その人生の日々がどれほど多くても、幸せに満たされず、しかもきちんと葬られることもなかったなら——わたしは言おう。死んで生まれた子のほうが、その人よりましだ。
伝道の書6:9 目の前にあるものを見て満足するほうが、あれこれ望んで心がさまようよりましだ。これもまたむなしく、風を追うようなものだ。
伝道の書9:4 それでも、生きている人みんなの仲間でいるかぎり、望みはある。生きている犬のほうが、死んだライオンよりましなのだから。
哀歌(1か所)
哀歌4:9 剣で殺された者のほうが、飢えで死んだ者よりもましだった。飢えた者は、畑の実りが絶えて、刺されたように少しずつ衰え果てていったのだから。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書16:51 サマリアでさえ、あなたの罪の半分も犯さなかった。あなたは彼女たち以上に忌まわしい行いを重ね、あなたのしたあらゆる忌まわしい行いのせいで、姉や妹のほうがましに見えるほどだった。
ヨナ書(2か所)
ヨナ書4:3 だから今、主よ、どうかわたしの命を取ってください。生きているより、死んだほうがましです。」
ヨナ書4:8 そして日が昇ると、神は焼けつくような東風を送った。太陽がヨナの頭に照りつけたので、彼は気を失いそうになった。ヨナは死にたいと願って言った。「生きているより、死んだほうがましだ。」
ナホム書(1か所)
ナホム書3:8 お前はテーベよりもましだとでもいうのか。あの町はナイルの流れのほとりにあり、まわりを水に囲まれていた。海がとりでとなり、水が城壁となっていた。
マタイによる福音書(4か所)
マタイ5:29 もしあなたの右目が罪へと誘うなら、えぐり出して捨てなさい。体の一部を失っても、全身が地獄に投げ込まれるよりはましなのだから。
マタイ5:30 もしあなたの右手が罪へと誘うなら、切り落として捨てなさい。体の一部を失っても、全身が地獄に投げ込まれるよりはましなのだから。
マタイ18:6 わたしを信じるこの小さな人たちの一人でも、罪へと引きずり込む者がいる。そういう人は、大きな石臼を首にかけられて深い海に沈められるほうが、まだましだ。
マタイ19:10 弟子たちはイエスに言った。「夫婦の関係がそういうものなら、結婚しない方がましです。」
マルコによる福音書(1か所)
マルコ9:42 そして、わたしを信じるこの小さな者の一人をつまずかせる人は、大きな石臼を首にかけられて海に投げ込まれる方が、まだましだ。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ17:2 この小さな者の一人をつまずかせるくらいなら、首に大きな石臼をかけられて海に投げ込まれたほうが、その人にとってはましなくらいだ。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ5:20 律法が入り込んできたのは、罪が増し加わるためだった。でも、罪が増したところには、恵みがそれをはるかに超えてあふれた。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一9:15 だが、わたしはこうした権利を一つも使ったことがない。そして、今こう書いているのも、そうしてもらいたいからではない。そんなことになるくらいなら、死んだほうがましだ。この誇りを、誰にも奪わせはしない。
ペテロの第二の手紙(1か所)
ペテロ第二1:8 これらの性質があなたがたのうちに備わり、増し加わっていくなら、わたしたちの主イエス・キリストを深く知る歩みにおいて、あなたがたが役に立たない者、実を結ばない者になることはない。