「叱る」(しかる)が出てくる聖書の箇所

「叱る」(しかる)は口語訳の24か所(旧約8・新約16)に出てきます。「しかる」も含みます。日常訳第1版では31か所。

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士師記(2か所)

士師記11:7 エフタはギレアデの長老ちょうろうたちに言いった、「あなたがたはわたしを憎にくんで、わたしの父ちちの家いえから追おい出だしたではありませんか。しかるに今いまあなたがたが困こまっている時ときとはいえ、わたしのところに来くるとはどういうわけですか」。

士師記18:24 彼かれは言いった、「あなたがたが、わたしの造つくった神々かみがみおよび祭司さいしを奪うばい去さったので、わたしに何なんが残のこっていますか。しかるにあなたがたがわたしに向むかって『どうしたのですか』と言いわれるとは何事なにごとですか」。

ルツ記(1か所)

ルツ記2:16 また彼女かのじょのために束たばからわざと抜ぬき落おとしておいて拾ひろわせなさい。しかってはならない」。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記5:8 彼かれらに言いった、「われわれは異邦いほう人にんに売うられたわれわれの兄弟きょうだいユダヤ人にんを、われわれの力ちからにしたがってあがなった。しかるにあなたがたは自分じぶんの兄弟きょうだいを売うろうとするのか。彼かれらはわれわれに売うられるのか」。彼かれらは黙もくしてひと言こともいわなかった。

詩篇(1か所)

詩篇106:9 主しゅは紅海こうかいをしかって、それをかわかし、彼かれらを導みちびいて荒野こうやを行いくように、淵ふちを通とおらせられた。

箴言(1か所)

箴言29:1 しばしばしかられても、なおかたくなな者ものは、たちまち打うち敗やぶられて助たすかることはない。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書50:2 わたしが来きたとき、なぜひとりもいなかったか。わたしが呼よんだとき、なぜひとりも答こたえる者ものがなかったか。わたしの手てが短みじかくて、あがなうことができないのか。わたしは救すくう力ちからを持もたないのか。見みよ、わたしが、しかると海うみはかれ、川かわは荒野こうやとなり、その中なかの魚さかなは水みずがないために、かわき死しんで悪臭あくしゅうを放はなつ。

イザヤ書53:4 まことに彼かれはわれわれの病やまいを負おい、われわれの悲かなしみをになった。しかるに、われわれは思おもった、彼かれは打うたれ、神かみにたたかれ、苦くるしめられたのだと。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ20:31 群衆ぐんしゅうは彼かれらをしかって黙だまらせようとしたが、彼かれらはますます叫さけびつづけて言いった、「主しゅよ、ダビデの子こよ、わたしたちをあわれんで下ください」。

マルコによる福音書(4か所)

マルコ1:25 イエスはこれをしかって、「黙だまれ、この人ひとから出でて行いけ」と言いわれた。

マルコ8:33 イエスは振ふり返かえって、弟子でしたちを見みながら、ペテロをしかって言いわれた、「サタンよ、引ひきさがれ。あなたは神かみのことを思おもわないで、人ひとのことを思おもっている」。

マルコ9:25 イエスは群衆ぐんしゅうが駆かけ寄よって来くるのをごらんになって、けがれた霊れいをしかって言いわれた、「おしとつんぼの霊れいよ、わたしがおまえに命めいじる。この子こから出でて行いけ。二に度どと、はいって来くるな」。

マルコ10:48 多おおくの人々ひとびとは彼かれをしかって黙だまらせようとしたが、彼かれはますます激はげしく叫さけびつづけた、「ダビデの子こイエスよ、わたしをあわれんでください」。

ルカによる福音書(3か所)

ルカ4:35 イエスはこれをしかって、「黙だまれ、この人ひとから出でて行いけ」と言いわれた。すると悪霊あくりょうは彼かれを人ひとなかに投なげ倒たおし、傷きずは負おわせずに、その人ひとから出でて行いった。

ルカ18:39 先頭せんとうに立たつ人々ひとびとが彼かれをしかって黙だまらせようとしたが、彼かれはますます激はげしく叫さけびつづけた、「ダビデの子こよ、わたしをあわれんで下ください」。

ルカ19:39 ところが、群衆ぐんしゅうの中なかにいたあるパリサイ人にんたちがイエスに言いった、「先生せんせい、あなたの弟子でしたちをおしかり下ください」。

使徒行伝(1か所)

使徒16:37 ところが、パウロは警吏けいりらに言いった、「彼かれらは、ローマ人にんであるわれわれを、裁判さいばんにかけもせずに、公衆こうしゅうの前まえでむち打うったあげく、獄ごくに入いれてしまった。しかるに今いまになって、ひそかに、われわれを出だそうとするのか。それは、いけない。彼かれら自身じしんがここにきて、われわれを連つれ出だすべきである」。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二1:17 この計画けいかくを立たてたのは、軽率けいそつなことであったであろうか。それとも、自分じぶんの計画けいかくを肉にくの思おもいによって計画けいかくしたため、わたしの「しかり、しかり」が同時どうじに「否いな、否いな」であったのだろうか。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ4:12 しかし、立法りっぽう者しゃであり審判しんぱん者しゃであるかたは、ただひとりであって、救すくうことも滅ほろぼすこともできるのである。しかるに、隣となり人びとをさばくあなたは、いったい、何者なにものであるか。

ヨハネの黙示録(5か所)

黙示録1:7 見みよ、彼かれは、雲くもに乗のってこられる。すべての人ひとの目め、ことに、彼かれを刺さしとおした者ものたちは、彼かれを仰あおぎ見みるであろう。また地上ちじょうの諸族しょぞくはみな、彼かれのゆえに胸むねを打うって嘆なげくであろう。しかり、アァメン。

黙示録3:19 すべてわたしの愛あいしている者ものを、わたしはしかったり、懲こらしめたりする。だから、熱心ねっしんになって悔くい改あらためなさい。

黙示録14:13 またわたしは、天てんからの声こえがこう言いうのを聞きいた、「書かきしるせ、『今いまから後あと、主しゅにあって死しぬ死人しにんはさいわいである』」。御ご霊れいも言ゆう、「しかり、彼かれらはその労苦ろうくを解とかれて休やすみ、そのわざは彼かれらについていく」。

黙示録16:7 わたしはまた祭壇さいだんがこう言いうのを聞きいた、「全能ぜんのう者しゃにして主しゅなる神かみよ。しかり、あなたのさばきは真実しんじつで、かつ正ただしいさばきであります」。

黙示録22:20 これらのことをあかしするかたが仰おおせになる、「しかり、わたしはすぐに来くる」。アァメン、主しゅイエスよ、きたりませ。

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