「召し」(めし)が出てくる聖書の箇所
「召し」(めし)は口語訳の15か所(旧約6・新約9)に出てきます。「召」も含みます。日常訳第1版では1か所。
サムエル記下(2か所)
サムエル第二14:33 そこでヨアブは王のもとへ行って告げたので、王はアブサロムを召しよせた。彼は王のもとにきて、王の前に地にひれ伏して拝した。王はアブサロムに口づけした。
サムエル第二21:2 そこで王はギベオンびとを召しよせた。ギベオンびとはイスラエルの子孫ではなく、アモリびとの残りであって、イスラエルの人々は彼らと誓いを立てて、その命を助けた。ところがサウルはイスラエルとユダの人々のために熱心であったので、彼らを殺そうとしたのである。
列王紀下(1か所)
列王紀下23:8 彼はまたユダの町々から祭司をことごとく召しよせ、また祭司が香をたいたゲバからベエルシバまでの高き所を汚し、また門にある高き所をこわした。これらの高き所は町のつかさヨシュアの門の入口にあり、町の門にはいる人の左にあった。
エステル記(1か所)
エステル記4:11 「王の侍臣および王の諸州の民は皆、男でも女でも、すべて召されないのに内庭にはいって王のもとへ行く者は、必ず殺されなければならないという一つの法律のあることを知っています。ただし王がその者に金の笏を伸べれば生きることができるのです。しかしわたしはこの三十日の間、王のもとへ行くべき召をこうむらないのです」。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書5:15 わたしは、知者、法術士らを、わが前に召しよせて、この文字を読ませ、その解き明かしを示させようとしたが、彼らは、この事の解き明かしを示すことができなかった。
ヨエル書(1か所)
ヨエル書2:32 すべて主の名を呼ぶ者は救われる。それは主が言われたように、シオンの山とエルサレムとに、のがれる者があるからである。その残った者のうちに、主のお召しになる者がある。
使徒行伝(1か所)
使徒2:39 この約束は、われらの主なる神の召しにあずかるすべての者、すなわちあなたがたと、あなたがたの子らと、遠くの者一同とに、与えられているものである」。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ11:29 神の賜物と召しとは、変えられることがない。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ1:15 ところが、母の胎内にある時からわたしを聖別し、み恵みをもってわたしをお召しになったかたが、
エペソ人への手紙(1か所)
エペソ4:1 さて、主にある囚人であるわたしは、あなたがたに勧める。あなたがたが召されたその召しにふさわしく歩き、
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二1:11 このためにまた、わたしたちは、わたしたちの神があなたがたを召しにかなう者となし、善に対するあらゆる願いと信仰の働きとを力強く満たして下さるようにと、あなたがたのために絶えず祈っている。
ヘブル人への手紙(3か所)
ヘブル3:1 そこで、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たちよ。あなたがたは、わたしたちが告白する信仰の使者また大祭司なるイエスを、思いみるべきである。
ヘブル5:4 かつ、だれもこの栄誉ある務を自分で得るのではなく、アロンの場合のように、神の召しによって受けるのである。
ヘブル11:8 信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。
ペテロの第二の手紙(1か所)
ペテロ第二1:10 兄弟たちよ。それだから、ますます励んで、あなたがたの受けた召しと選びとを、確かなものにしなさい。そうすれば、決してあやまちに陥ることはない。