「余る」(あまる)が出てくる聖書の箇所

「余る」(あまる)は日常訳第1版の15か所(旧約11・新約4)に出てきます。「あまる」も含みます。口語訳では7か所。

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出エジプト記(4か所)

出エジプト16:18 オメルで量はかってみると、多おおく集あつめた者ものも余あまることがなく、少すくなく集あつめた者ものも足たりないことがなかった。それぞれが食たべる分ぶんだけ集あつめていたのだ。

出エジプト26:12 天幕てんまくの幕まくで余あまった部分ぶぶん、つまり余あまった幕まくの半分はんぶんは、幕屋まくやの後うしろに垂たらしておく。

出エジプト26:13 天幕てんまくの幕まくは長ながさに余あまりが出でるので、その余あまった部分ぶぶんを、こちら側がわに一いちキュビト、あちら側がわに一いちキュビトとして、幕屋まくやの両側りょうがわに垂たらして覆おおいにする。

出エジプト36:7 材料ざいりょうは、すべての仕事しごとをするのに十分じゅうぶんで、余あまるほどだった。

レビ記(1か所)

レビ記25:27 売うってからの年数ねんすうを計算けいさんし、余あまった分ぶんを買かい手てに返かえせばいい。そうすれば、自分じぶんの土地とちに戻もどることができる。

民数記(3か所)

民数記3:46 長男ちょうなんの数かずはレビ人びとの数かずより二百にひゃく七十ななじゅう三さん人にん多おおい。この余あまった長男ちょうなんたちを買かい戻もどすために、

民数記3:48 そして、その余あまった人数にんずう分ぶんの買かい戻もどしのお金かねを、アロンとその子こらに渡わたしなさい。」

民数記3:49 そこでモーセは、レビ人びとによって買かい戻もどされた数かずを超こえて余あまった者ものたちから、買かい戻もどしのお金かねを取とった。

列王紀下(2か所)

列王紀下4:43 召使めしつかいは言いった。「これだけで、どうして百ひゃく人にんもの人ひとに出だせるでしょうか。」エリシャは言いった。「みんなに分わけて、食たべさせなさい。主しゅはこう言いわれる。『彼かれらは食たべて、なお余あまる。』」

列王紀下4:44 そこで召使めしつかいはそれをみんなの前まえに出だした。彼かれらは食たべて、なお余あまった。主しゅが言いわれたとおりだった。

歴代志下(1か所)

歴代志下31:10 ツァドク家かの大だい祭司さいしアザルヤが彼かれにこう答こたえた。「人々ひとびとが主しゅの宮みやに献ささげ物ものを持もって来き始はじめてから、わたしたちは十分じゅうぶんに食たべて満みち足たり、たくさん余あまるほどになりました。主しゅがその民たみを祝福しゅくふくしてくださったからです。この山やまほどの残のこりが、その余あまりなのです。」

マルコによる福音書(1か所)

マルコ8:8 みんなは食たべて満腹まんぷくした。そして、余あまったパン切きれを集あつめると、七ななつのかごいっぱいになった。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ6:12 人々ひとびとがじゅうぶんに食たべ終おわると、イエスは弟子でしたちに言いった。「余あまったパンくずを集あつめなさい。少すこしもむだにしないためだ。」

ヨハネ6:13 そこで彼かれらはそれを集あつめた。すると、大麦おおむぎのパン五いつつを食たべて余あまったパンくずは、十じゅう二にのかごいっぱいになった。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二8:15 「多おおく集あつめた者ものも余あまることがなく、少すくなく集あつめた者ものも足たりないことがなかった」と書かいてあるとおりだ。

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