「主張」(しゅちょう)が出てくる聖書の箇所

「主張」(しゅちょう)は口語訳の13か所(旧約3・新約10)に出てきます。日常訳第1版では8か所。

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ヨブ記(3か所)

ヨブ記27:5 わたしは断だんじて、あなたがたを正ただしいとは認みとめない。わたしは死しぬまで、潔白けっぱくを主張しゅちょうしてやめない。

ヨブ記32:1 このようにヨブが自分じぶんの正ただしいことを主張しゅちょうしたので、これら三さん人にんの者ものはヨブに答こたえるのをやめた。

ヨブ記32:2 その時ときラム族ぞくのブズびとバラケルの子こエリフは怒いかりを起おこした。すなわちヨブが神かみよりも自分じぶんの正ただしいことを主張しゅちょうするので、彼かれはヨブに向むかって怒いかりを起おこした。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ22:23 復活ふっかつということはないと主張しゅちょうしていたサドカイ人にんたちが、その日ひ、イエスのもとにきて質問しつもんした、

マルコによる福音書(1か所)

マルコ12:18 復活ふっかつということはないと主張しゅちょうしていたサドカイ人にんたちが、イエスのもとにきて質問しつもんした、

使徒行伝(6か所)

使徒4:32 信しんじた者ものの群むれは、心こころを一ひとつにし思おもいを一ひとつにして、だれひとりその持もち物ものを自分じぶんのものだと主張しゅちょうする者ものがなく、いっさいの物ものを共有きょうゆうにしていた。

使徒15:5 ところが、パリサイ派はから信仰しんこうにはいってきた人ひとたちが立たって、「異邦いほう人にんにも割礼かつれいを施ほどこし、またモーセの律法りっぽうを守まもらせるべきである」と主張しゅちょうした。

使徒23:8 元来がんらい、サドカイ人にんは、復活ふっかつとか天使てんしとか霊れいとかは、いっさい存在そんざいしないと言いいい、パリサイ人にんは、それらは、みな存在そんざいすると主張しゅちょうしている。

使徒23:9 そこで、大騒おおさわぎとなった。パリサイ派はのある律法りっぽう学がく者しゃたちが立たって、強つよく主張しゅちょうして言いった、「われわれは、この人ひとには何なんも悪わるいことがないと思おもう。あるいは、霊れいか天使てんしかが、彼かれに告つげたのかも知しれない」。

使徒25:19 ただ、彼かれと争あらそい合あっているのは、彼かれら自身じしんの宗教しゅうきょうに関かんし、また、死しんでしまったのに生いきているとパウロが主張しゅちょうしているイエスなる者ものに関かんする問題もんだいに過すぎない。

使徒27:12 なお、この港みなとは冬ふゆを過すごすのに適てきしないので、大だい多数たすうの者ものは、ここから出でて、できればなんとかして、南西なんせいと北西ほくせいとに面めんしているクレテのピニクス港こうに行いって、そこで冬ふゆを過すごしたいと主張しゅちょうした。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一1:7 律法りっぽうの教師きょうしたることを志こころざしていながら、自分じぶんの言いっていることも主張しゅちょうしていることも、わからないでいる。

テトスへの手紙(1か所)

テトス3:8 この言葉ことばは確実かくじつである。わたしは、あなたがそれらのことを主張しゅちょうするのを願ねがっている。それは、神かみを信しんじている者ものたちが、努つとめて良よいわざを励はげむことを心こころがけるようになるためである。これは良よいことであって、人々ひとびとの益えきとなる。

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