「ねたむ」が出てくる聖書の箇所
「ねたむ」は日常訳第1版の20か所(旧約14・新約6)に出てきます。「妬む」も含みます。口語訳では20か所。
創世記(3か所)
創世記26:14 羊の群れや牛の群れ、たくさんの使用人を持つようになった。それでペリシテ人は彼をねたんだ。
創世記30:1 ラケルは、自分がヤコブに子どもを産めないことがわかると、姉をねたんだ。そしてヤコブに言った。「わたしに子どもをください。くれないなら、わたしは死んでしまいます。」
創世記37:11 兄弟たちはヨセフをねたんだ。でも父は、このことをずっと心に留めていた。
出エジプト記(2か所)
出エジプト20:5 それらにひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは、あなたの神、主であり、ねたむ神だからだ。わたしを憎む者には、父の罪を子に、三代、四代にまで問う。
出エジプト34:14 ほかの神を拝んではならない。主の名は「ねたむ」であり、まさにねたむ神だからだ。
民数記(1か所)
民数記11:29 しかしモーセは言った。「あなたはわたしのことでねたんでいるのか。主の民が皆、預言者になればいい。主がその霊をすべての人に授けてくださればいいのに。」
申命記(3か所)
申命記4:24 あなたの神である主は、焼き尽くす火であり、ねたむ神だからだ。
申命記5:9 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。わたしは、あなたの神、主であり、ねたむ神だからだ。わたしを憎む者には、父の罪を子に、三代、四代にまで問う。
申命記6:15 あなたの神、主は、あなたのただ中におられる、ねたむ神だからだ。あなたの神、主の怒りが燃え上がり、あなたを地の面から滅ぼしてしまわないようにしなさい。
ヨシュア記(1か所)
ヨシュア記24:19 ヨシュアは民に言った。「あなたたちには、主に仕えることはできない。主は聖なる神だからだ。ねたむ神であり、あなたたちの背きや罪を見のがしてはくださらない。
詩篇(2か所)
詩篇73:3 わたしが高ぶる者をねたんだからだ。悪い者たちが栄えていくのを見て、うらやましくなったのだ。
詩篇106:16 彼らは宿営の中でモーセをねたみ、主に仕える聖なる人アロンをねたんだ。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書11:13 エフライムのねたみは消え去り、ユダを敵とする者は絶たれる。エフライムはもうユダをねたまず、ユダもエフライムを苦しめない。
ナホム書(1か所)
ナホム書1:2 主は、ねたむほど激しい神。悪に報復する神だ。主は仕返しをし、燃えるように怒る。自分に立ち向かう者に報復し、敵にはいつまでも怒りを向ける。
使徒行伝(2か所)
使徒7:9 その族長たちは、弟のヨセフをねたんで、エジプトへ奴隷として売り渡しました。しかし神はヨセフとともにおられました。
使徒17:5 ところがこれをねたんだユダヤ人たちは、広場にたむろするならず者を何人か引き入れ、群衆を集めて町を騒がせた。そしてヤソンの家に押しかけ、二人を群衆の前に引き出そうと捜した。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一13:4 愛は忍耐強く、親切だ。愛はねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ5:26 うぬぼれて、たがいに張り合ったり、たがいにねたんだりするのはやめよう。
ヤコブの手紙(2か所)
ヤコブ4:2 あなたたちは欲しがるのに、手に入らない。だから人を殺す。ねたむのに、得られない。だから争い、けんかをする。手に入らないのは、あなたたちが求めないからだ。
ヤコブ4:5 それとも、聖書が意味もなくこう言っていると思うのか。「神は、わたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに慕っておられる」と。