「かぶせる」が出てくる聖書の箇所
「かぶせる」は日常訳第1版の25か所(旧約21・新約4)に出てきます。「被せる」も含みます。口語訳では2か所。
創世記(1か所)
創世記27:16 子やぎの皮を、ヤコブの両手と、首のなめらかなところにかぶせた。
出エジプト記(3か所)
出エジプト36:34 板には金をかぶせ、横木を通すための環も金で作り、横木にも金をかぶせた。
出エジプト36:36 その幕のために、アカシアの木で四本の柱を作って金をかぶせ、その掛け金も金で作った。さらに、その柱のために銀の台座を四個、鋳造した。
出エジプト36:38 その幕のために五本の柱と掛け金を作り、柱の頭とそれをつなぐ帯には金をかぶせた。ただし、その五個の台座は青銅で作った。
民数記(1か所)
民数記4:6 その上にじゅごんの皮のおおいをかけ、さらにその上に、すべて青い布を広げてかぶせる。そして担ぎ棒を通す。
申命記(1か所)
申命記7:25 彼らの神々の像は火で焼き払いなさい。その像にかぶせてある銀や金を欲しがってはならない。それを自分のものにしてはならない。それが罠となって、あなたを捕らえるからだ。それはあなたの神、主が忌み嫌われるものだ。
ヨシュア記(1か所)
ヨシュア記24:7 先祖が主に助けを求めて叫ぶと、主はあなたたちとエジプト人との間を暗闇でさえぎり、海をエジプト人の上にかぶせて、彼らをおおった。わたしがエジプトで行ったことを、あなたたちは自分の目で見た。そのあと、あなたたちは長いあいだ荒れ野で暮らした。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二1:2 三日目のことだった。ひとりの男が陣営から、サウルのところからやって来た。服は破れ、頭には土がかぶせてあった。彼はダビデのところに来ると、地にひれ伏して敬意を表した。
列王紀下(2か所)
列王紀下8:15 ところが翌日、ハザエルは布を取って水に浸し、それを王の顔にかぶせた。こうして王は死に、ハザエルが代わって王となった。
列王紀下11:12 そしてエホヤダは王の子を連れ出し、彼に王冠をかぶせ、律法の書を手渡した。人々は彼を王とし、油を注いだ。そして手をたたいて、「王さま、ばんざい」と叫んだ。
歴代志下(1か所)
歴代志下23:11 こうして彼らは王子を連れ出し、頭に冠をかぶせ、律法の書を手渡して、彼を王とした。エホヤダとその子たちは彼に油を注ぎ、「王さま、ばんざい」と叫んだ。
詩篇(1か所)
詩篇103:4 あなたのいのちを滅びから救い出し、変わらぬ愛とあわれみを冠のようにあなたにかぶせてくださる。
箴言(1か所)
箴言4:9 知恵はあなたの頭に美しい飾りを授け、輝く冠をかぶせてくれる。」
雅歌(1か所)
雅歌3:11 シオンの娘たちよ、出てきて、ソロモン王を見なさい。結婚の日、心が喜びにあふれるその日に、母が彼にかぶせた冠をつけた、その王を。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書30:22 そのとき、あなたは銀をかぶせた偶像も、金でおおった像も、汚れたものとして捨てる。それを汚れた布のように投げ捨て、「消え失せろ」と言う。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書13:26 だから、わたし自身があなたの裾をまくり上げ、あなたの顔にかぶせる。あなたの恥がさらけ出される。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書13:18 こう言え。主なる神はこう言われる。魂を狩ろうとして、すべての人の手首に呪いの帯を縫いつけ、あらゆる背丈の人の頭にベールをかぶせる女たちに、災いが下る。あなたたちは、わたしの民の魂を狩り、自分のためには魂を生かそうとするのか。
ホセア書(1か所)
ホセア書7:12 彼らが飛び立つとき、わたしは網を投げてかぶせ、空の鳥のように引き落とす。彼らの群れに聞かせたとおり、わたしは彼らを懲らしめる。
ナホム書(1か所)
ナホム書3:5 「見よ、わたしはお前を敵とする」と万軍の主は言われる。「わたしはお前のすそをまくり上げて顔にかぶせ、国々にお前の裸をさらし、諸国にお前の恥を見せる。
ゼカリヤ書(2か所)
ゼカリヤ書3:5 わたしは言った。「きれいな冠を彼の頭にかぶせてください。」すると彼らは、きれいな冠をヨシュアの頭にかぶせ、服を着せた。主の使いはそのそばに立っていた。
ゼカリヤ書5:8 彼は言った。「これは悪だ。」そして彼女をエファ升の中に押し戻し、鉛のふたをその口にかぶせた。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ15:17 彼らはイエスに紫の衣を着せ、いばらで冠を編んで頭にかぶせた。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ19:2 兵士たちはイバラで冠を編んでイエスの頭にかぶせ、紫の上着を着せた。
ヘブル人への手紙(2か所)
ヘブル2:7 あなたは彼を、天使たちより少しの間だけ低いものとした。そして栄光と誉れの冠を彼にかぶせ、
ヘブル2:9 でも、わたしたちが見ているのはイエスだ。天使たちより少しの間だけ低いものとされたイエスが、死の苦しみを受けたことによって、今は栄光と誉れの冠をかぶせられている。神の恵みによって、すべての人のために死を味わうためだった。