「お腹」(おなか)が出てくる聖書の箇所
「お腹」(おなか)は日常訳第1版の33か所(旧約15・新約18)に出てきます。「おなか」「御腹」も含みます。口語訳では0か所。
創世記(5か所)
創世記25:22 子どもたちがおなかの中で押し合うので、リベカは「こんなことになるなんて、わたしはどうなってしまうの」と言った。そして主に尋ねるために出かけた。
創世記25:23 主は彼女にこう言った。「あなたのお腹の中には、二つの国がいる。二つの民があなたの中から分かれて出て行く。一方の民はもう一方より強くなり、兄が弟に仕えることになる。」
創世記25:24 出産の日がやってきた。おなかの中には、確かにふたごの子がいた。
創世記30:2 ヤコブはラケルに激しく怒って言った。「あなたのお腹に子どもができないようにしているのは神だ。わたしが神の代わりになれるとでもいうのか。」
創世記38:27 さて、彼女の出産の時が来た。すると、おなかの中には双子がいた。
ルツ記(1か所)
ルツ記1:11 でもナオミは言った。「娘たち、帰りなさい。どうしてわたしについて来るの。あなたたちの夫になれる息子が、まだこのお腹にいるとでも言うの。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記10:18 わたしをお母さんのお腹から出したのは、どうしてなのか。いっそ、だれの目にも触れないまま、息絶えていればよかったのに。
ヨブ記15:2 知者はむなしい知識で答えたりするだろうか。東風でおなかを満たしたりするだろうか。
詩篇(1か所)
詩篇71:6 わたしは生まれる前から、あなたに支えられてきた。母のおなかからわたしを取り出してくれたのは、あなただ。だから、いつもあなたをほめたたえる。
箴言(1か所)
箴言18:20 人は、自分の口から出た実によって満ち足りる。くちびるの実りで、お腹いっぱいになるのだ。
雅歌(1か所)
雅歌7:2 あなたのおへそは丸い杯。混ぜ合わせたぶどう酒が絶えることはない。あなたのおなかは積み上げた小麦の山。まわりをゆりの花が囲んでいる。
イザヤ書(2か所)
イザヤ書49:1 島々よ、わたしの言葉を聞け。遠くの国々よ、耳を傾けよ。主はわたしがまだ母の胎にいるときにわたしを呼び、母のおなかの中にいるときから、わたしの名を口にされた。
イザヤ書49:15 母親が自分の乳飲み子を忘れるだろうか。自分のおなかを痛めて産んだ子を、憐れまずにいられるだろうか。たとえ母親が忘れても、わたしはあなたを忘れない。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書20:17 その人が、わたしを母の胎の中で殺してくれなかったからだ。そうすれば、母のおなかがわたしの墓となり、胎はいつまでもわたしをはらんだままでいてくれただろうに。
ヨナ書(1か所)
ヨナ書1:17 主は大きな魚を用意して、ヨナをのみ込ませた。ヨナは三日三晩、その魚のお腹の中にいた。
マタイによる福音書(6か所)
マタイ1:20 ヨセフがこう思い悩んでいたとき、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子孫ヨセフ、こわがらずにマリアを妻として迎えなさい。その子がおなかに宿ったのは、聖霊の働きによるものだから。
マタイ12:40 ヨナが三日三晩、大きな魚のお腹の中にいた。それと同じように、人の子も三日三晩、地の中にいることになる。
マタイ14:20 みんなが食べて、お腹いっぱいになった。残ったパンくずを集めると、かご十二個分にもなった。
マタイ15:33 弟子たちは言った。「こんな人里離れた場所で、これほど大勢の群衆をおなかいっぱいにできるほどのパンを、どこで手に入れればいいのでしょう」
マタイ15:37 みんなが食べて、お腹いっぱいになった。残ったパンくずを集めると、かご七個分にもなった。
マタイ25:37 そのとき、正しい人たちはこう答える。『主よ、いつわたしたちは、あなたがお腹を空かせているのを見て食べさせ、のどが渇いているのを見て飲ませたでしょうか。
ルカによる福音書(6か所)
ルカ1:15 この子は主の前で偉大な者となるからだ。ぶどう酒も強い酒もいっさい飲まず、母のお腹にいるときから聖霊に満たされる。
ルカ1:41 エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、おなかの中の子がおどった。エリサベツは聖なる霊に満たされ、
ルカ1:42 大きな声で叫んだ。「あなたは女の中で特別に祝福された人。あなたのおなかの子も祝福されています。
ルカ1:44 だって、あなたのあいさつの声がわたしの耳に届いたとたん、おなかの中の子が喜んでおどったのです。
ルカ9:17 みんなが食べて、お腹いっぱいになった。そして、残ったパンくずを集めると、十二のかごがいっぱいになった。
ルカ23:29 見なさい。こう言われる日が来る。『子を産めない女、一度も子を産まなかったおなか、乳を飲ませたことのない胸は幸いだ』と。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ3:4 ニコデモは言った。「年をとった人が、どうやってもう一度生まれることができるのですか。もう一度母親のおなかに入って生まれるなんて、できるはずがありません。」
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一6:13 「食べ物はお腹のため、お腹は食べ物のため。」でも、神はそのどちらも滅ぼされる。からだは、性的な乱れのためにあるのではなく、主のためにある。そして主は、からだのためにいてくださる。
コリント第一11:21 というのも、食事のとき、めいめいが自分の分を先に食べてしまうからだ。その結果、お腹をすかせている人がいる一方で、酔っぱらっている人もいる。
ヤコブの手紙(1か所)
ヤコブ2:16 それなのに、あなたたちのだれかが「元気で。温かくして、お腹いっぱい食べてね」と言うだけで、体に必要な物を何も与えないなら、何の役に立つだろう。
ヨハネの黙示録(2か所)
黙示録10:9 そこで、わたしはその天使のところへ行き、小さな巻物をくださいと言った。すると天使はこう言った。「これを取って、食べてしまいなさい。あなたのお腹の中では苦くなるが、口の中では蜜のように甘いはずだ。」
黙示録10:10 わたしは天使の手から小さな巻物を受け取り、食べてしまった。すると口の中では蜜のように甘かったが、食べてしまうと、お腹の中は苦くなった。