聖書の「優柔不断」について

二つのものの間で迷い続けることへの戒めと、決断をためらった人々の実例を集めました。

関連する聖句11箇所。分類はネーヴ『トピカル・バイブル』(1896年、英語原題 INDECISION)によります。日本語の見出しと説明は当サイトによる訳で、聖書本文ではありません(未校閲)。

優柔不断についての聖句

列王紀上18:21、ホセア書10:2、マタイ6:24、マタイ26:41、ヤコブ1:8、ヤコブ4:17

列王紀上18:21 エリヤは民たみ全員ぜんいんの前まえに進すすみ出でて言いった。「あなたたちは、いつまで二ふたつの間あいだで迷まよっているのか。もし主しゅが神かみなら、主しゅに従したがいなさい。もしバアルが神かみなら、バアルに従したがいなさい。」でも、民たみは一言ひとことも答こたえなかった。

実例

紅海でのモーセ

出エジプト14:15

出エジプト14:15 主しゅはモーセに言いわれた。「なぜわたしに叫さけび求もとめるのか。イスラエルの人々ひとびとに、前まえへ進すすむように言いいいなさい。

アイでのヨシュア

ヨシュア記7:10

ヨシュア記7:10 すると主しゅはヨシュアに言いわれた。「立たち上あがれ。なぜそんなふうにひれ伏ふしているのか。

エステル

エステル記5:8

エステル記5:8 もし王おうに気きに入はいっていただけて、わたしの望のぞみをかなえ、願ねがいを聞き入れききいれてくださるなら、明日あすもう一いち度ど、王おうとハマンをわたしが用意よういする宴会えんかいにお招まねきします。そのときに、王おうのおっしゃったとおりお答こたえします。」

イエスを信じた役人たち

ヨハネ12:42

ヨハネ12:42 それでも、指導しどう者しゃたちの中なかにもイエスを信しんじた人ひとは多おおかった。でも、パリサイ派はの人ひとたちを気きにして、それを表ひょうには出ださなかった。会堂かいどうから追おい出だされるのが怖こわかったのだ。

ペリクス

使徒24:25

使徒24:25 しかし、パウロが義ぎと節制せっせい、そしてやがて来くる裁さばきについて語かたると、フェリクスは怖こわくなって言いった。「今日きょうはもう帰かえってよい。また折おりを見みて、あなたを呼よぶことにしよう。」

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