聖書の「あざけり」について

人をあざけり、神をあざける言動について、イシマエルやエリシャをあざけった子供ら、イエスへのあざけりなどの例を集めました。

関連する聖句25箇所。分類はネーヴ『トピカル・バイブル』(1896年、英語原題 MOCKING)によります。日本語の見出しと説明は当サイトによる訳で、聖書本文ではありません(未校閲)。

イシマエルがサラをあざける

創世記21:9

創世記21:9 サラはエジプトの女おんなハガルのアブラハムに産うんだ子こが、自分じぶんの子こイサクと遊あそぶのを見みて、

エリヤがバアルの祭司たちをあざける

列王紀上18:27

列王紀上18:27 昼ひるになってエリヤは彼かれらをあざけって言いった、「彼かれは神かみだから、大声おおごえをあげて呼よびなさい。彼かれは考かんがえにふけっているのか、よそへ行いったのか、旅たびに出でたのか、または眠ねむっていて起おこされなければならないのか」。

ゼデキヤがミカヤをあざける

列王紀上22:24

列王紀上22:24 するとケナアナの子こゼデキヤは近寄ちかよって、ミカヤのほおを打うって言いった、「どのようにして主しゅの霊れいがわたしを離はなれて、あなたに語かたりましたか」。

子供らがエリシャをあざける

列王紀下2:23

列王紀下2:23 彼かれはそこからベテルへ上のぼったが、上のぼって行いく途中とちゅう、小ちいさい子供こどもらが町まちから出でてきて彼かれをあざけり、彼かれにむかって「はげ頭あたまよ、のぼれ。はげ頭あたまよ、のぼれ」と言いったので、

ヨブを苦しめる者たちのあざけり

ヨブ記15:12、ヨブ記30:1

ヨブ記15:12 どうしてあなたの心こころは狂くるうのか。どうしてあなたの目めはしばたたくのか。

イエスを迫害する者たちのあざけり

マタイ26:67、マタイ26:68、マタイ27:28-31、マタイ27:39-44、マルコ10:34、マルコ14:65、マルコ15:17-20、マルコ15:29-32、ルカ23:11、ヨハネ19:2、ヨハネ19:3、ヨハネ19:5、ペテロ第一2:23

マタイ26:67 それから、彼かれらはイエスの顔かおにつばきをかけて、こぶしで打うち、またある人ひとは手てのひらでたたいて言いった、

アンモンびとが神をあざける

エゼキエル書25:3

エゼキエル書25:3 アンモンの人々ひとびとに言いえ。主しゅなる神かみの言葉ことばを聞きけ。主しゅなる神かみはこう言いわれる、あなたはわが聖せい所しょの汚よごされた時とき、またイスラエルの地ちの荒あらされた時とき、またユダの家いえが捕とらえ移うつされた時とき、ああ、それはよい気味きみであると言いった。

ツロがエルサレムをあざける

エゼキエル書26:2

エゼキエル書26:2 「人ひとの子こよ、ツロはエルサレムについて言いった、『ああ、それはよい気味きみである。もろもろの民たみの門もんは破やぶれて、わたしに開ひらかれた。わたしは豊ゆたかになり、彼かれは破やぶれはてた』と。

かたくなな悪人のあざけり

イザヤ書28:15、イザヤ書28:22、ペテロ第二3:3

イザヤ書28:15 あなたがたは言いった、「われわれは死しと契約けいやくをなし、陰府よみと協定きょうていを結むすんだ。みなぎりあふれる災わざわいの過すぎる時ときにも、それはわれわれに来こない。われわれはうそを避さけ所しょとなし、偽いつわりをもって身みをかくしたからである」。

比喩的用法

箴言1:26

箴言1:26 わたしもまた、あなたがたが災わざわいにあう時ときに、笑わらい、あなたがたが恐慌きょうこうにあう時とき、あざけるであろう。

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