イザヤ書 63章7-14節

主のいつくしみを思い起す(イザヤ書63:7-14)

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イザヤ書63章全体を読む

7 わたしは主しゅの慈いつくしみを語かたり伝つたえよう。主しゅをほめたたえよう。主しゅがわたしたちにしてくださったすべてのこと、イスラエルの家いえに注そそがれた大おおきな恵めぐみを。主しゅはあわれみと、あふれる慈いつくしみによって、それを与あたえてくださった。

8 主しゅは言いわれた。「まことに、彼かれらはわたしの民たみ。裏切うらぎることのない子こどもたちだ。」こうして主しゅは、彼かれらを救すくう者ものとなられた。

9 彼かれらが苦くるしむとき、主しゅも共ともに苦くるしんだ。御前ごぜんにいる使つかいが彼かれらを救すくった。主しゅは愛あいとあわれみによって彼かれらを救すくい出だし、昔むかしからずっと、彼かれらを抱だき上あげ、担になってこられた。

10 ところが彼かれらは逆さからい、主しゅの聖せいなる霊れいを悲かなしませた。それで主しゅは、彼かれらの敵てきとなり、自みずから彼かれらと戦たたかわれた。

11 そのとき民たみは、昔むかしの日々ひびを、モーセの時代じだいを思おもい起おこした。群むれの羊飼ひつじかいたちとともに、彼かれらを海うみから導みちびき上あげた方かたはどこにいるのか。彼かれらのただ中なかに、聖せいなる霊れいを置おいた方かたはどこにいるのか。

12 モーセの右手みぎてに、栄光えいこうに輝かがやく腕うでを進すすませた方かたはどこにいるのか。彼かれらの前まえで海うみを二ふたつに分わけ、ご自分じぶんの名なをとこしえに輝かかがやかせた方かたは。

13 深ふかい淵ふちを通とおって彼かれらを導みちびいた方かたは。荒あれ野のを行いく馬うまのように、彼かれらはつまずくことがなかった。

14 谷たにを下くだっていく家畜かちくのように、主しゅの霊れいは彼かれらを休やすませた。こうしてあなたはご自分じぶんの民たみを導みちびき、ご自分じぶんのために輝かがやかしい名なを打うち立たてられた。

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