イザヤ書 57章11節(イザヤ書57:11)

11 お前まえはいったい誰だれを恐おそれ、おびえて、偽いつわりを口くちにしたのか。わたしを思おもい出だそうともせず、心こころに留とめることもなかった。わたしが長ながい間あいだ、黙だまっていたからではないか。だからお前まえは、わたしを恐おそれないのだ。

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この節を含む箇所偶像礼拝への断罪イザヤ書57:3-13

前後の聖句(57章9–13節)

9 お前まえは油あぶらを携たずさえて王おうのもとへ行いき、香油こうゆをふんだんに塗ぬりたくった。使者ししゃを遠とおくまで送おくり出だし、死しの国くにの底そこまでおのれを落おとした。

10 長ながい道みちのりに、お前まえは疲つかれ果はてた。それでも「もう望のぞみはない」とは言いわなかった。自分じぶんの力ちからがよみがえるのを感かんじ、弱よわり果はてることはなかった。

11 お前まえはいったい誰だれを恐おそれ、おびえて、偽いつわりを口くちにしたのか。わたしを思おもい出だそうともせず、心こころに留とめることもなかった。わたしが長ながい間あいだ、黙だまっていたからではないか。だからお前まえは、わたしを恐おそれないのだ。

12 わたしはお前まえの「正ただしさ」を、そしてお前まえの行おこないを、みなあばいてやる。それらはお前まえの何なんの役やくにも立たたたない。

13 お前まえが叫さけび求もとめるとき、お前まえが集あつめた偶像ぐうぞうたちに救すくわせるがいい。だが、それらはみな風ふうにさらわれ、ひと息いきで吹ふき飛とばされてしまう。しかし、わたしのもとに身みを寄よせる者ものは、この地ちを受うけ継つぎ、わたしの聖せいなる山やまを自分じぶんのものとする。

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