十字架を背負う
重い苦しみや責任を、一生負い続けて生きること。
30秒でわかる
- 重い苦しみや責任を、一生負い続けて生きることのたとえ。
- マタイによる福音書16章などで、イエスが弟子たちに語った言葉が由来。
- もとは、自分を捨て、苦しみを引き受けてでもイエスに従っていく覚悟を表す言葉。
由来となった聖書の言葉
それからイエスは弟子たちに言われた、だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。
マタイ16:24それから、みんなの者に言われた、だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。
ルカ9:23
もともとの意味
イエスは弟子たちに「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」と語った。十字架は当時の死刑の道具で、ルカによる福音書では「日々自分の十字架を負うて」と書かれている。
今の使い方
今では、つらい過去や重い責任を負って生きることを「十字架を背負う」と言う。
- 例:彼は事故の責任という十字架を背負って生きてきた。
マタイ16:24を聖書で読む →
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