「見当る」(みあたる)が出てくる聖書の箇所
「見当る」(みあたる)は日常訳第1版の7か所(旧約3・新約4)に出てきます。「見あたる」「見当たる」も含みます。口語訳では12か所。
イザヤ書(2か所)
イザヤ書35:9 そこにはライオンもいない。おそろしい獣も上がってこないし、見あたることもない。ただ、あがなわれた人たちがそこを歩く。
イザヤ書59:15 真実はどこにも見当たらず、悪から離れる者は、かえって食い物にされる。主はこれを見られ、公正のないことを嘆かれた。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書6:4 そこで大臣たちや総督たちは、国の政務に関してダニエルを訴える口実を探した。しかし、どんな口実も落ち度も見つけられなかった。彼は忠実で、怠慢も落ち度も見当たらなかったからだ。
ルカによる福音書(3か所)
ルカ23:4 そこでピラトは祭司長たちと群衆に言った。「わたしには、この人に罪は見当たらない。」
ルカ24:3 中に入ってみると、イエスの遺体が見当たらなかった。
ルカ24:24 それで、仲間の何人かがお墓に行ってみると、確かに女性たちの言ったとおりでした。でも、イエスの姿は見当たりませんでした。」
ヘブル人への手紙(1か所)
ヘブル11:5 信仰によって、エノクは死を経験することなく天に移された。神が彼を移されたので、その姿は見あたらなくなった。移される前から、彼は神に喜ばれていたと認められていた。