「蒔く」(まく)が出てくる聖書の箇所

「蒔く」(まく)は日常訳第1版の20か所(旧約13・新約7)に出てきます。「播く」「蒔ける」も含みます。口語訳では17か所。

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創世記(1か所)

創世記47:23 ヨセフは民たみに言いった。「わたしは今日きょう、あなたたちとその土地とちを買かい取とって、ファラオのものとした。さあ、種たねをあげるから、畑はたけにまきなさい。

出エジプト記(1か所)

出エジプト23:10 六ろく年ねんの間あいだは、あなたの土地とちに種たねをまき、その収穫しゅうかくを取とり入いれなさい。

レビ記(1か所)

レビ記25:3 六ろく年ねんの間あいだは畑はたけに種たねをまき、六ろく年ねんの間あいだはぶどう畑はたけの枝えだを手入ていれして、その実みのりを取とり入いれる。

詩篇(2か所)

詩篇97:11 光ひかりは正ただしい人ひとのために蒔まかれ、喜よろこびは心こころのまっすぐな人ひとのために蒔まかれる。

詩篇107:37 畑はたけに種たねをまき、ぶどう畑はたけを作つくった。そうしてたくさんの実みのりを収穫しゅうかくした。

伝道の書(1か所)

伝道の書11:6 朝あさには種たねをまき、夕方ゆうがたにも手てを休やすめてはいけない。どちらがうまくいくのか、これなのかあれなのか、それとも両方りょうほうとも良よい結果けっかになるのか、あなたにはわからないのだから。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書28:25 地面じめんをならしたら、農夫のうふは黒くろクミンをまき、クミンを散ちらすではないか。そして小麦こむぎを列れつに植うえ、大麦おおむぎを決きめられた場所ばしょに、スペルト小麦こむぎを畑はたけの縁えんにまく。

イザヤ書32:20 でも、あなたたちは幸いさいわいだ。すべての水辺みずべに種たねをまき、牛うしやろばを自由じゆうに放ほうって歩あるかせる人ひとたちよ。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書31:27 見みよ、その日ひが来くる──主しゅの言葉ことば。わたしはイスラエルの家いえとユダの家いえに、人ひとの種たねと家畜かちくの種たねを蒔まく。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書17:5 それからその地ちの種たねを取とって、よく肥こえた畑はたけに蒔まいた。豊ゆたかな水みずのほとりに、柳やなぎのように植うえた。

ホセア書(2か所)

ホセア書8:7 彼かれらは風かぜを蒔まいて、つむじ風かぜを刈かり取とる。立たっている穀物こくもつには穂ほがなく、実みを結むすばない。たとえ実みのっても、それは他国たこくの者ものが食くい尽つくす。

ホセア書10:12 種たねを蒔まけ、正義せいぎのために。慈いつくしみに従したがって刈かり取とれ。新あたらしい畑はたけを耕たがやせ。今いまこそ主しゅを求もとめるときだ。主しゅが来きて、あなたたちに義ぎを雨あめのように降ふらせてくださるまで。

ナホム書(1か所)

ナホム書1:3 主しゅは怒おこるのに時間じかんをかけ、大おおきな力ちからを持もつ方かた。それでも、罪つみある者ものを決けっして見みのがさない。主しゅの通とおり道みちはつむじ風かぜと嵐あらしの中なかにあり、雲くもはその足あしがまき上あげる砂すなぼこりだ。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ13:23 良よい土つちに蒔まかれた種たねとは、こういう人ひとのことだ。神かみの言葉ことばを聞きいて、その意味いみをちゃんと理解りかいする人ひと。そういう人ひとは実みを結むすび、ある人ひとは百ひゃく倍ばい、ある人ひとは六十ろくじゅう倍ばい、ある人ひとは三十さんじゅう倍ばいの実みをみのらせるんだ」

コリント人への第一の手紙(5か所)

コリント第一15:36 愚おろかな人ひとだ。あなたが蒔まくものは、死しななければ生いき返かえらない。

コリント第一15:37 蒔まくとき、あなたが蒔まくのは、これからできあがる体からだそのものではない。麦むぎであれ、ほかの何なんかであれ、ただの種粒たねつぶを蒔まくだけだ。

コリント第一15:42 死者ししゃの復活ふっかつも、これと同おなじだ。朽くちるものとして蒔まかれ、朽くちないものとしてよみがえる。

コリント第一15:43 みじめなものとして蒔まかれ、栄光えいこうあるものとしてよみがえる。弱よわいものとして蒔まかれ、力ちからあるものとしてよみがえる。

コリント第一15:44 生うまれつきの体からだとして蒔まかれ、霊れいの体からだとしてよみがえる。生うまれつきの体からだがあるなら、霊れいの体からだもあるのだ。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ3:18 そして、義ぎという実みは、平和へいわをつくる人ひとたちによって、平和へいわのうちに蒔まかれる。

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