「真っ暗」(まっくら)が出てくる聖書の箇所
「真っ暗」(まっくら)は日常訳第1版の10か所(旧約8・新約2)に出てきます。「まっくら」も含みます。口語訳では2か所。
創世記(1か所)
創世記15:17 やがて日が沈み、あたりが真っ暗になったとき、煙を上げるかまどと、燃えるたいまつが現れた。そしてそれが、二つに裂かれた動物の間を通り抜けていった。
出エジプト記(2か所)
出エジプト10:15 いなごは地の面をびっしり覆い、地は真っ暗になった。そして、雹が残していた草も、木になっていた実も、みんな食い尽くした。エジプト全土のどこを見ても、木にも野の草にも、緑のものは何ひとつ残らなかった。
出エジプト10:22 モーセが天に向かって手を差し伸べると、エジプト全土は三日間、真っ暗な闇に包まれた。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記10:22 これは暗闇の地。真っ暗で、死の陰に包まれ、秩序もない。光さえも闇のようだ。」
箴言(1か所)
箴言20:20 父や母をののしる者は、その明かりが、真っ暗な闇の中で消される。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書13:16 あなたたちの神、主に栄光を帰しなさい。主が闇をもたらす前に、あなたたちの足が暮れゆく山でつまずく前に。あなたたちは光を待ち望むが、主はそれを死の闇に変え、真っ暗な闇にしてしまう。
ヨエル書(1か所)
ヨエル書2:2 それは闇と暗黒の日。厚い雲におおわれた、真っ暗な日だ。夜明けの光が山々に広がるように、大きくて強い軍勢が広がってくる。こんな軍勢は、これまで一度もいなかったし、これから先も、何世代たっても二度と現れない。
アモス書(1か所)
アモス書5:20 主の日は闇であって、光ではないではないか。真っ暗で、輝きなど少しもない。
ペテロの第二の手紙(1か所)
ペテロ第二2:17 この者たちは、水のかれた泉であり、嵐に吹き飛ばされる霧だ。彼らには、真っ暗な闇が用意されている。
ユダの手紙(1か所)
ユダ1:13 彼らは、自分の恥を泡のように吹き出す海の荒波だ。さまよう星であり、その者たちには真っ暗な闇が永遠に用意されている。