「疑う」(うたがう)が出てくる聖書の箇所

「疑う」(うたがう)は日常訳第1版の9か所(旧約2・新約7)に出てきます。口語訳では11か所。

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民数記(2か所)

民数記5:14 そのとき、夫おっとに嫉妬しっとの思おもいが起おこり、身みを汚よごした妻つまを疑ううたがうことがある。あるいは、妻つまは身みを汚よごしていないのに、夫おっとに嫉妬しっとの思おもいが起おこって妻つまを疑ううたがうこともある。

民数記5:30 あるいは夫おっとにねたみの心こころが起おこり、妻つまを疑ううたがう場合ばあいに適用てきようされる。夫おっとは妻つまを主しゅの前まえに立たたたせ、祭司さいしはこの定さだめのすべてを彼女かのじょに行おこなう。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ14:31 イエスはすぐに手てを伸のばして彼かれをつかまえ、こう言いった。「信しんじる心こころが足たりないね。どうして疑うたがったんだ」

マタイ28:17 そして、彼かれらはイエスに会あって、ひれ伏ふして礼拝れいはいした。でも、疑ううたがう者ものもいた。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ11:23 はっきり言いっておく。だれでもこの山やまに『動うごいて海うみに飛とび込こめ』と言いいい、心こころの中なかで少すこしも疑うたがわず、その言葉ことばどおりになると信しんじるなら、そのとおりになる。

ローマ人への手紙(3か所)

ローマ4:20 神かみの約束やくそくを前まえにしても、彼かれは不ふ信仰しんこうになって疑ううたがうことはなかった。むしろ信仰しんこうによって強つよくされ、神かみに栄光えいこうを帰かえした。

ローマ14:23 疑うたがいながら食たべる人ひとは、罪つみに定さだめられる。信仰しんこうにもとづいて食たべていないからだ。信仰しんこうにもとづかないことは、すべて罪つみなのだ。

ローマ16:18 こういう人ひとたちは、わたしたちの主しゅキリストではなく、自分じぶんの欲よくに仕つかえている。そして口当くちあたりのいい言葉ことばやほめ言葉ことばで、何なんも疑うたがわない素直すなおな人ひとたちの心こころをだましているのだ。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ1:6 ただし、少すこしも疑うたがわずに、信しんじて願ねがいなさい。疑ううたがう人ひとは、風かぜに吹ふかれて揺ゆれ動うごく海うみの波なみのようなものだ。

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