「異国」(いこく)が出てくる聖書の箇所
「異国」(いこく)は口語訳の9か所(旧約5・新約4)に出てきます。日常訳第1版では25か所。
サムエル記下(2か所)
サムエル第二22:45 異国の人たちはきてわたしにこび、わたしの事を聞くとすぐわたしに従った。
サムエル第二22:46 異国の人たちは、うちしおれてその城からふるえながら出てきた。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書28:11 否、むしろ主は異国のくちびると、異国の舌とをもってこの民に語られる。
エゼキエル書(2か所)
エゼキエル書3:5 わたしはあなたを、異国語を用い、舌の重い民につかわすのでなく、イスラエルの家につかわすのである。
エゼキエル書3:6 すなわちあなたがその言葉を知らない、異国語の舌の重い多くの民につかわすのではない。もしわたしがあなたをそのような民につかわしたら、彼らはあなたに聞いたであろう。
使徒行伝(1か所)
使徒17:18 また、エピクロス派やストア派の哲学者数人も、パウロと議論を戦わせていたが、その中のある者たちが言った、「このおしゃべりは、いったい、何を言おうとしているのか」。また、ほかの者たちは、「あれは、異国の神々を伝えようとしているらしい」と言った。パウロが、イエスと復活とを、宣べ伝えていたからであった。
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一14:11 もしその言葉の意味がわからないなら、語っている人にとっては、わたしは異国人であり、語っている人も、わたしにとっては異国人である。
コリント第一14:21 律法にこう書いてある、「わたしは、異国の舌と異国のくちびるとで、この民に語るが、それでも、彼らはわたしに耳を傾けない、と主が仰せになる」。
エペソ人への手紙(1か所)
エペソ2:19 そこであなたがたは、もはや異国人でも宿り人でもなく、聖徒たちと同じ国籍の者であり、神の家族なのである。