「無」(む)が出てくる聖書の箇所
「無」(む)は口語訳の14か所(旧約6・新約8)に出てきます。日常訳第1版では9か所。
詩篇(1か所)
詩篇39:5 見よ、あなたはわたしの日をつかのまとされました。わたしの一生はあなたの前では無にひとしいのです。まことに、すべての人はその盛んな時でも息にすぎません。[セラ
イザヤ書(1か所)
イザヤ書41:11 見よ、あなたにむかって怒る者はみな、はじて、あわてふためき、あなたと争う者は滅びて無に帰する。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書10:24 主よ、わたしを懲らしてください。正しい道にしたがって、怒らずに懲らしてください。さもないと、わたしは無に帰してしまうでしょう。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書26:21 わたしはあなたの終りを、恐るべきものとする。あなたは無に帰する。あなたを尋ねる人があっても、永久に見いださないと、主なる神は言われる」。
アモス書(1か所)
アモス書5:5 ベテルを求めるな、ギルガルに行くな。ベエルシバにおもむくな。ギルガルは必ず捕えられて行き、ベテルは無に帰するからである」。
ハガイ書(1か所)
ハガイ書2:3 『あなたがた残りの者のうち、以前の栄光に輝く主の家を見た者はだれか。あなたがたは今、この状態をどう思うか。これはあなたがたの目には、無にひとしいではないか。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ15:6 父または母を敬わなくてもよろしい』と言っている。こうしてあなたがたは自分たちの言伝えによって、神の言を無にしている。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ7:13 こうしてあなたがたは、自分たちが受けついだ言伝えによって、神の言を無にしている。また、このような事をしばしばおこなっている」。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ7:30 しかし、パリサイ人と律法学者たちとは彼からバプテスマを受けないで、自分たちに対する神のみこころを無にした。)
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ3:3 すると、どうなるのか。もし、彼らのうちに不真実の者があったとしたら、その不真実によって、神の真実は無になるであろうか。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一13:2 たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ2:21 わたしは、神の恵みを無にはしない。もし、義が律法によって得られるとすれば、キリストの死はむだであったことになる。
ヨハネの黙示録(2か所)
黙示録18:17 これほどの富が、一瞬にして無に帰してしまうとは』。また、すべての船長、航海者、水夫、すべて海で働いている人たちは、遠くに立ち、
黙示録18:19 彼らは頭にちりをかぶり、泣き悲しんで叫ぶ、『ああ、わざわいだ、この大いなる都は、わざわいだ。そのおごりによって、海に舟を持つすべての人が富を得ていたのに、この都も一瞬にして無に帰してしまった』。