「死者」(ししゃ)が出てくる聖書の箇所
「死者」(ししゃ)は口語訳の9か所(旧約5・新約4)に出てきます。日常訳第1版では97か所。
伝道の書(3か所)
伝道の書4:2 それで、わたしはなお生きている生存者よりも、すでに死んだ死者を、さいわいな者と思った。
伝道の書9:3 すべての人に同一に臨むのは、日の下に行われるすべての事のうちの悪事である。また人の心は悪に満ち、その生きている間は、狂気がその心のうちにあり、その後は死者のもとに行くのである。
伝道の書9:5 生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない、また、もはや報いを受けることもない。その記憶に残る事がらさえも、ついに忘れられる。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書26:19 あなたの死者は生き、彼らのなきがらは起きる。ちりに伏す者よ、さめて喜びうたえ。あなたの露は光の露であって、それを亡霊の国の上に降らされるからである。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書16:7 悲しむ者のためにパンをさいて、死者のためにこれを慰める者はなく、また父あるいは母のために慰めの杯をこれに与えて飲ませる者もない。
使徒行伝(1か所)
使徒10:42 それから、イエスご自身が生者と死者との審判者として神に定められたかたであることを、人々に宣べ伝え、またあかしするようにと、神はわたしたちにお命じになったのです。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ14:9 なぜなら、キリストは、死者と生者との主となるために、死んで生き返られたからである。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一15:29 そうでないとすれば、死者のためにバプテスマを受ける人々は、なぜそれをするのだろうか。もし死者が全くよみがえらないとすれば、なぜ人々が死者のためにバプテスマを受けるのか。
ヘブル人への手紙(1か所)
ヘブル11:35 女たちは、その死者たちをよみがえらさせてもらった。ほかの者は、更にまさったいのちによみがえるために、拷問の苦しみに甘んじ、放免されることを願わなかった。