「本物」(ほんもの)が出てくる聖書の箇所
「本物」(ほんもの)は日常訳第1版の18か所(旧約0・新約18)に出てきます。口語訳では0か所。
マルコによる福音書(2か所)
マルコ11:32 でも、『人から』と言えばどうなる。」彼らは群衆が怖かった。みんながヨハネを本物の預言者だと思っていたからだ。
マルコ16:20 弟子たちは出て行って、あらゆるところで福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、彼らの語る言葉が本物であることを、それにともなうしるしによって証明された。
ヨハネによる福音書(5か所)
ヨハネ1:47 イエスは、ナタナエルが自分のほうへ来るのを見て、彼についてこう言った。「見なさい。本物のイスラエル人だ。心に偽りがない。」
ヨハネ6:32 わたしはこう答えた。「よくよく言っておく。天からのパンをあなたがたに与えたのは、モーセではない。天からの本物のパンをあなたがたに与えるのは、わたしの父なのだ。
ヨハネ7:18 自分の考えで語る者は、自分の栄光を求めている。でも、自分を送った方の栄光を求める者は本物であり、その人の中に偽りはない。
ヨハネ7:28 イエスは神殿で教えながら、大声でこう言った。「あなたたちは、わたしのことも、わたしがどこから来たのかも知っている。でも、わたしは自分の考えで来たのではない。わたしを送った方は本物だ。あなたたちは、その方を知らない。
ヨハネ8:13 「するとファリサイ派の人々がイエスに言った。『あなたは自分で自分のことを証ししている。その証しは本物じゃない』」
使徒行伝(1か所)
使徒14:3 それでも二人は長い間そこにとどまり、主に支えられて大胆に語り続けた。主は二人の手を通してしるしや不思議なわざを起こし、恵みの言葉が本物だと証ししてくださった。
ローマ人への手紙(2か所)
ローマ2:29 そうではなく、内側でユダヤ人である人こそ、本当のユダヤ人だ。割礼も、文字ではなく心の、つまり霊による割礼こそが本物だ。そういう人は、人からではなく神からほめられる。
ローマ16:10 キリストにあって本物だと認められたアペレに、よろしく。アリストブロの家の人たちに、よろしく。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一11:19 あなたがたの間には、派閥のようなものもきっと出てくるだろう。それは、本物と認められる人たちが、あなたがたの中ではっきりと分かるようになるためだ。
コリント人への第二の手紙(2か所)
コリント第二8:8 これは命令として言っているのではない。ほかの人たちの熱心さを引き合いに出して、あなたがたの愛が本物かどうかを確かめたいのだ。
コリント第二10:18 自分で自分を推薦する人が認められるのではない。主が認めてくださる人こそ、本物なのだ。
ヘブル人への手紙(1か所)
ヘブル9:24 というのも、キリストが入られたのは、人の手で造られた聖なる場所ではないからだ。それは本物の写しにすぎない。キリストは天そのものに入られた。そして今、わたしたちのために、神の前に姿を現してくださっているのだ。
ヤコブの手紙(1か所)
ヤコブ1:12 試練にじっと耐える人は、幸いである。そういう人はためされて本物と認められ、いのちの冠を受け取るからだ。それは、神が、ご自分を愛する人たちに約束されたものだ。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一1:7 でも、それはあなたたちの信仰が本物だと証明されるためだ。金でさえ火で試されるが、いずれは消えてなくなる。あなたたちの信仰は金よりもずっと価値がある。その信仰は、イエス・キリストが現れるとき、賞賛と栄光と誉れをもたらすことになる。
ヨハネの第一の手紙(2か所)
ヨハネ第一2:8 それでいて、わたしはあなたたちに新しい命令を書いている。それは、キリストにおいても、あなたたちにおいても、本当のことだ。なぜなら、闇は過ぎ去りつつあり、本物の光がすでに輝いているからだ。
ヨハネ第一2:27 あなたたちについて言えば、キリストから受けた注ぎ(聖霊による導き)が、あなたたちの中にとどまっている。だから、だれかに教えてもらう必要はない。その注ぎがすべてのことについてあなたたちに教えてくれるからだ。それは本物であって、偽りではない。だからその教えのとおりに、あなたたちはキリストの中にとどまりなさい。