「抱える」(かかえる)が出てくる聖書の箇所

「抱える」(かかえる)は口語訳の6か所(旧約4・新約2)に出てきます。「かかえる」も含みます。日常訳第1版では29か所。

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創世記(2か所)

創世記33:4 するとエサウは走はしってきて迎むかえ、彼かれを抱いだき、そのくびをかかえて口くちづけし、共ともに泣ないた。

創世記46:29 ヨセフは車くるまを整ととのえて、父ちちイスラエルを迎むかえるためにゴセンに上のぼり、父ちちに会あい、そのくびを抱いだき、くびをかかえて久ひさしく泣ないた。

士師記(1か所)

士師記16:29 そしてサムソンは、その家いえをささえている二ふたつの中なか柱はしらの一ひとつを右みぎの手てに、一ひとつを左ひだりの手てにかかえて、身みをそれに寄よせ、

列王紀上(1か所)

列王紀上17:19 エリヤは彼女かのじょに言いった、「子こをわたしによこしなさい」。そして彼女かのじょのふところから子供こどもを取とり、自分じぶんのいる屋上おくじょうのへやへかかえて上のぼり、自分じぶんの寝台しんだいに寝ねかせ、

ルカによる福音書(1か所)

ルカ4:40 日ひが暮くれると、いろいろな病気びょうきになやむ者ものをかかえている人々ひとびとが、皆みなそれをイエスのところに連つれてきたので、そのひとりびとりに手てを置おいて、おいやしになった。

使徒行伝(1か所)

使徒3:2 生うまれながら足あしのきかない男おとこが、かかえられてきた。この男おとこは、宮みやもうでに来くる人々ひとびとに施ほどこしをこうため、毎日まいにち、「美うつくしの門もん」と呼よばれる宮みやの門もんのところに、置おかれていた者ものである。

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