「悔いる」(くいる)が出てくる聖書の箇所

「悔いる」(くいる)は口語訳の25か所(旧約23・新約2)に出てきます。日常訳第1版では2か所。

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創世記(2か所)

創世記6:6 主しゅは地ちの上うえに人ひとを造つくったのを悔くいて、心こころを痛いため、

創世記6:7 「わたしが創造そうぞうした人ひとを地ちのおもてからぬぐい去さろう。人ひとも獣けものも、這はうものも、空そらの鳥とりまでも。わたしは、これらを造つくったことを悔くいる」と言いわれた。

出エジプト記(1か所)

出エジプト13:17 さて、パロが民たみを去さらせた時とき、ペリシテびとの国くにの道みちは近ちかかったが、神かみは彼かれらをそれに導みちびかれなかった。民たみが戦たたかいを見みれば悔くいてエジプトに帰かえるであろうと、神かみは思おもわれたからである。

民数記(1か所)

民数記23:19 神かみは人ひとのように偽いつわることはなく、また人ひとの子このように悔くいることもない。言いったことで、行おこなわないことがあろうか、語かたったことで、しとげないことがあろうか。

サムエル記上(3か所)

サムエル第一15:11 「わたしはサウルを王おうとしたことを悔くいる。彼かれがそむいて、わたしに従したがわず、わたしの言葉ことばを行おこなわなかったからである」。サムエルは怒おこって、夜通よどおし、主しゅに呼よばわった。

サムエル第一15:29 またイスラエルの栄光えいこうは偽いつわることもなく、悔くいることもない。彼かれは人ひとではないから悔くいることはない」。

サムエル第一15:35 サムエルは死しぬ日ひまで、二に度どとサウルを見みなかった。しかしサムエルはサウルのために悲かなしんだ。また主しゅはサウルをイスラエルの王おうとしたことを悔くいられた。

サムエル記下(1か所)

サムエル第二24:16 天てんの使つかいが手てをエルサレムに伸のべてこれを滅ほろぼそうとしたが、主しゅはこの害悪がいあくを悔くい、民みんを滅ほろぼしている天てんの使つかいに言いわれた、「もはや、じゅうぶんである。今いまあなたの手てをとどめるがよい」。その時とき、主しゅの使つかいはエブスびとアラウナの打うち場ばのかたわらにいた。

列王紀上(1か所)

列王紀上8:47 もし彼かれらが捕とらわれていった地ちで、みずから省かえりみて悔くい、自分じぶんを捕とらえていった者ものの地ちで、あなたに願ねがい、『われわれは罪つみを犯おかしました、そむいて悪あくを行おこないました』と言いいい、

列王紀下(1か所)

列王紀下22:19 あなたは、わたしがこの所ところと、ここに住すんでいる民たみにむかって、これは荒あれ地ちとなり、のろいとなるであろうと言いうのを聞きいた時とき、心こころに悔くい、主しゅの前まえにへりくだり、衣ころもを裂さいてわたしの前まえに泣ないたゆえ、わたしもまたあなたの言いうことを聞きいたのであると主しゅは言いわれる。

歴代志上(1か所)

歴代志上21:15 神かみはまたみ使つかいをエルサレムにつかわして、これを滅ほろぼそうとされたが、み使つかいがまさに滅ほろぼそうとしたとき、主しゅは見みられて、この災わざわいを悔くい、その滅ほろぼすみ使つかいに言いわれた、「もうじゅうぶんだ。今いまあなたの手てをとどめよ」。そのとき主しゅの使つかいはエブスびとオルナンの打うち場ばのかたわらに立たっていた。

歴代志下(3か所)

歴代志下6:37 もし、彼かれらが捕とらわれて行いった地ちで、みずから省かえりみて悔くい、その捕とらわれの地ちであなたに願ねがい、『われわれは罪つみを犯おかし、よこしまな事ことをし、悪あくを行おこないました』と言いいい、

歴代志下32:26 ヒゼキヤはその心こころの高たかぶりを悔くいてへりくだり、またエルサレムの住民じゅうみんも同様どうようにしたので、主しゅの怒いかりは、ヒゼキヤの世よには彼かれらに臨のぞまなかった。

歴代志下34:27 この所ところと、ここに住すむ者ものを責せめる神かみの言葉ことばを、あなたが聞きいた時とき、心こころに悔くい、神かみの前まえに身みをひくくし、わたしの前まえにへりくだり、衣ころもを裂さいて、わたしの前まえに泣ないたので、わたしもまた、あなたに聞きいた、と主しゅは言いわれる。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記42:6 それでわたしはみずから恨うらみ、ちり灰はいの中なかで悔くいます」。

詩篇(2か所)

詩篇51:17 神かみの受うけられるいけにえは砕くだけた魂たましいです。神かみよ、あなたは砕くだけた悔くいた心こころをかろしめられません。

詩篇78:34 神かみが彼かれらを殺ころされたとき、彼かれらは神かみをたずね、悔くいて神かみを熱心ねっしんに求もとめた。

エレミヤ書(4か所)

エレミヤ書4:28 このために地ちは悲かなしみ、上うえなる天てんは暗くくらくなる。わたしがすでにこれを言いいい、これを定さだめたからだ。わたしは悔くいない、またそれをする事ことをやめない」。

エレミヤ書8:6 わたしは気きをつけて聞きいたが、彼かれらは正ただしくは語かたらなかった。その悪あくを悔くいて、『わたしのした事ことは何なんか』という者ものはひとりもない。彼かれらはみな戦場せんじょうに、はせ入はいる馬うまのように、自分じぶんのすきな道みちに向むかう。

エレミヤ書42:10 もしあなたがたがこの地ちにとどまるならば、わたしはあなたがたを建たてて倒たおすことなく、あなたがたを植うえて抜ぬくことはしない。わたしはあなたがたに災わざわいを下くだしたことを悔くいているからである。

エレミヤ書44:10 彼かれらは今日きょうに至いたるまで悔くいず、また恐おそれず、あなたがたとあなたがたの先祖せんぞたちの前まえに立たてた、わたしの律法りっぽうとわたしの定さだめとに従したがって歩あゆまないのである。

エゼキエル書(2か所)

エゼキエル書14:6 それゆえイスラエルの家いえに言いえ、主しゅなる神かみはこう言いわれる、あなたがたは悔くいて、あなたがたの偶像ぐうぞうを捨すてよ。あなたがたの顔かおを、そのすべての憎にくむべきものからそむけよ。

エゼキエル書24:14 主しゅなるわたしはこれを言いった。そしてこれは必かならず成なる。わたしはこれをなす。わたしはやめない、惜おしまない、悔くいない。あなたのおこないにより、あなたのわざによって、あなたをさばくと、主しゅなる神かみは言いわれる」。

使徒行伝(1か所)

使徒8:22 だから、この悪事あくじを悔くいて、主しゅに祈いのれ。そうすればあるいはそんな思おもいを心こころにいだいたことが、ゆるされるかも知しれない。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二7:8 そこで、たとい、あの手紙てがみであなたがたを悲かなしませたとしても、わたしはそれを悔くいていない。あの手紙てがみがしばらくの間あいだではあるが、あなたがたを悲かなしませたのを見みて悔くいたとしても、

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