「希望」(きぼう)が出てくる聖書の箇所
「希望」(きぼう)は口語訳の15か所(旧約4・新約11)に出てきます。日常訳第1版では41か所。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記29:24 彼らが希望を失った時にも、わたしは彼らにむかってほほえんだ。彼らはわたしの顔の光を除くことができなかった。
エレミヤ書(3か所)
エレミヤ書29:11 主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。
エレミヤ書31:17 あなたの将来には希望があり、あなたの子供たちは自分の国に帰ってくると主は言われる。
エレミヤ書50:7 これに会う者はみなこれを食べた。その敵は言った、『われわれに罪はない。彼らがそのまことのすみかである主、先祖たちの希望であった主に対して罪を犯したのだ』と。
使徒行伝(4か所)
使徒24:15 また、正しい者も正しくない者も、やがてよみがえるとの希望を、神を仰いでいだいているものです。この希望は、彼ら自身も持っているのです。
使徒26:6 今わたしは、神がわたしたちの先祖に約束なさった希望をいだいているために、裁判を受けているのであります。
使徒26:7 わたしたちの十二の部族は、夜昼、熱心に神に仕えて、その約束を得ようと望んでいるのです。王よ、この希望のために、わたしはユダヤ人から訴えられています。
使徒28:20 こういうわけで、あなたがたに会って語り合いたいと願っていた。事実、わたしは、イスラエルのいだいている希望のゆえに、この鎖につながれているのである」。
ローマ人への手紙(3か所)
ローマ5:2 わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。
ローマ5:4 忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。
ローマ5:5 そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一13:13 このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。
コリント人への第二の手紙(2か所)
コリント第二1:13 わたしたちが書いていることは、あなたがたが読んで理解できないことではない。それを完全に理解してくれるように、わたしは希望する。
コリント第二8:5 わたしたちの希望どおりにしたばかりか、自分自身をまず、神のみこころにしたがって、主にささげ、また、わたしたちにもささげたのである。
エペソ人への手紙(1か所)
エペソ2:12 またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。