「安全」(あんぜん)が出てくる聖書の箇所

「安全」(あんぜん)は日常訳第1版の20か所(旧約17・新約3)に出てきます。口語訳では31か所。

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申命記(1か所)

申命記29:19 そのような者ものは、この誓ちかいの言葉ことばを聞きいても、心こころの中なかで自分じぶんは安全あんぜんだと思おもい込こみ、こう言ゆうだろう。「わたしは大丈夫だいじょうぶだ。かたくなな心こころのままに進すすんでも、無事ぶじでいられる」と。しかし、それは潤うるおった地ちも渇かわいた地ちも、共ともに滅ほろぼすことになる。

列王紀下(1か所)

列王紀下20:19 ヒゼキヤはイザヤに言いった。「あなたが伝つたえてくれた主しゅの言葉ことばは、良よいものだ。」そして彼かれは思おもった。「わたしが生いきている間あいだ、平和へいわと安全あんぜんが続つづくのなら、それでいいではないか。」

エズラ記(1か所)

エズラ記8:21 それからわたしは、アハワ川かわのほとりで断食だんじきを呼よびかけた。神かみの前まえでへりくだり、わたしたち自身じしんと子こどもたち、そしてすべての持もち物もののために、安全あんぜんな道みちを神かみに求もとめるためだった。

ヨブ記(5か所)

ヨブ記5:4 その子こどもたちは安全あんぜんから遠とおざけられ、町まちの門もんで打うちのめされても、助たすけてくれる者ものはいない。

ヨブ記5:11 彼かれは低ひくい者ものを高たかく引ひき上あげ、悲かなしむ者ものを安全あんぜんな高たかい場所ばしょへ導みちびく。

ヨブ記5:24 あなたは自分じぶんの天幕てんまくが安全あんぜんなことを知しる。自分じぶんの家畜かちくのおりを見回みまわっても、欠かけているものは何なんもない。

ヨブ記12:6 かすめ奪ううばう者ものの天幕てんまくは栄さかえ、神かみを怒おこらせる者ものは安全あんぜんに暮くらす。自分じぶんの手てで神かみを好すきにできると思おもっている者ものさえも。

ヨブ記24:23 神かみは彼かれらに安全あんぜんを与あたえ、彼かれらはそれに支ささえられて生いきる。でも神かみの目めは、いつも彼かれらの歩あゆみを見みつめている。

詩篇(6か所)

詩篇4:8 わたしは安やすらかに横よこになり、すぐ眠ねむりにつく。主しゅよ、あなただけが、わたしを安全あんぜんに住すまわせてくださるから。

詩篇12:5 「苦くるしむ人ひとたちが踏ふみにじられ、貧まずしい人ひとたちがうめいている。『今いまこそ、わたしは立たち上あがる』と主しゅは言いわれる。『わたしは彼かれらを、待まち望のぞんでいた安全あんぜんな場所ばしょに置おく。』」

詩篇18:33 神かみはわたしの足あしをしかのように速はやくし、高たかい所ところに安全あんぜんに立たたたせてくれる。

詩篇78:53 神かみは彼かれらを安全あんぜんに導みちびかれた。だから彼かれらは恐おそれなかった。しかし、彼かれらの敵てきは海うみにのみ込こまれた。

詩篇118:8 主しゅに身みを寄よせるほうが、人ひとに頼たよるよりも安全あんぜんだ。

詩篇118:9 主しゅに身みを寄よせるほうが、力ちからある人々ひとびとに頼たよるよりも安全あんぜんだ。

箴言(2か所)

箴言11:14 導みちびきがなければ、民たみは倒たおれる。でも助言じょげんする人ひとが多おおければ、安全あんぜんは保たたもたれる。

箴言18:10 主しゅの名なは、堅固けんごなやぐらだ。正ただしい人ひとはそこに走はしり込こみ、安全あんぜんに守まもられる。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書8:10 その日々ひびの前まえには、人ひとが働はたらいても賃金ちんぎんはなく、家畜かちくを使つかっても稼かせぎはなかった。敵てきのせいで、出入でいりする者ものに安全あんぜんはなかった。わたしがすべての人ひとを、互たがいに敵対てきたいさせたからだ。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ11:21 強つよい男おとこが武器ぶきを持もって自分じぶんの屋敷やしきを守まもっているときは、その財産ざいさんは安全あんぜんだ。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ3:1 最後さいごに、わたしの兄弟きょうだい姉妹しまいたち、主しゅにあって喜よろこびなさい。同おなじことをくり返かえし書かくのは、わたしには面倒めんどうなことではないし、あなたがたにとっては安全あんぜんな備そなえになる。

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一5:3 人々ひとびとが「平和へいわだ、安全あんぜんだ」と言いっているとき、まさにそのとき、突然とつぜんの破滅はめつが彼かれらに襲おそいかかる。それは、身みごもった女性じょせいに陣痛じんつうが来くるのと同おなじだ。彼かれらは決けっして逃にげられない。

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