「味わう」(あじわう)が出てくる聖書の箇所

「味わう」(あじわう)は口語訳の17か所(旧約7・新約10)に出てきます。「味わえる」も含みます。日常訳第1版では26か所。

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サムエル記下(2か所)

サムエル第二3:35 民みんはみなきて、日ひのあるうちに、ダビデにパンを食たべさせようとしたが、ダビデは誓ちかって言いった、「もしわたしが日ひの入はいる前まえに、パンでも、ほかのものでも味あじわうならば、神かみがわたしをいくえにも罰ばっしられるように」。

サムエル第二19:35 わたしは今日こんにち八十はちじゅう歳さいです。わたしに、良よいこと悪わるいことがわきまえられるでしょうか。しもべは食たべるもの、飲のむものを味あじわうことができましょうか。わたしは歌ううたう男おとこや歌ううたう女おんなの声こえをまだ聞きくことができましょうか。それであるのに、しもべはどうしてなおわが主しゅ、王おうの重荷おもにとなってよろしいでしょうか。

ヨブ記(3か所)

ヨブ記12:11 口くちが食物しょくもつを味あじわうように、耳みみは言葉ことばをわきまえないであろうか。

ヨブ記21:25 ある者ものは心こころを苦くるしめて死しに、なんの幸さちをも味あじわうことがない。

ヨブ記34:3 口くちが食物しょくもつを味あじわうように、耳みみは言葉ことばをわきまえるからだ。

箴言(1か所)

箴言23:30 酒さけに夜よるをふかす者もの、行いって、混まぜ合あわせた酒さけを味あじわう者ものである。

ヨナ書(1か所)

ヨナ書3:7 また王おうとその大臣だいじんの布告ふこくをもって、ニネベ中ちゅうにふれさせて言いった、「人ひとも獣けものも牛うしも羊ひつじもみな、何なんをも味あじわってはならない。物ものを食くい、水みずを飲のんではならない。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ16:28 よく聞きいておくがよい、人ひとの子こが御お国くにの力ちからをもって来くるのを見みるまでは、死しを味あじわわない者ものが、ここに立たっている者ものの中なかにいる」。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ9:1 また、彼かれらに言いわれた、「よく聞きいておくがよい。神かみの国くにが力ちからをもって来くるのを見みるまでは、決けっして死しを味あじわわない者ものが、ここに立たっている者ものの中なかにいる」。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ9:27 よく聞きいておくがよい、神かみの国くにを見みるまでは、死しを味あじわわない者ものが、ここに立たっている者ものの中なかにいる」。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ8:52 ユダヤ人にんたちが言いった、「あなたが悪霊あくりょうに取とりつかれていることが、今いまわかった。アブラハムは死しに、預言よげん者しゃたちも死しんでいる。それだのに、あなたは、わたしの言葉ことばを守まもる者ものはいつまでも死しを味あじわうことがないであろうと、言いわれる。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ2:21 「さわるな、味あじわうな、触ふれるな」などという規定きていに縛しばられているのか。

ヘブル人への手紙(4か所)

ヘブル2:9 ただ、「しばらくの間あいだ、御ご使したちよりも低ひくい者ものとされた」イエスが、死しの苦くるしみのゆえに、栄光えいこうとほまれとを冠かんむりとして与あたえられたのを見みる。それは、彼かれが神かみの恵めぐみによって、すべての人ひとのために死しを味あじわわれるためであった。

ヘブル5:13 すべて乳ちちを飲のんでいる者ものは、幼おさな子ごなのだから、義ぎの言葉ことばを味あじわうことができない。

ヘブル6:4 いったん、光ひかりを受うけて天てんよりの賜物たまものを味あじわい、聖霊せいれいにあずかる者ものとなり、

ヘブル6:5 また、神かみの良よきみ言葉ことばと、きたるべき世よの力ちからとを味あじわった者ものたちが、

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録18:7 彼女かのじょが自みずから高たかぶり、ぜいたくをほしいままにしたので、それに対たいして、同おなじほどの苦くるしみと悲かなしみとを味あじわわせてやれ。彼女かのじょは心こころの中なかで『わたしは女王じょおうの位くらいについている者ものであって、やもめではないのだから、悲かなしみを知しらない』と言いっている。

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