「信心」(しんじん)が出てくる聖書の箇所
「信心」(しんじん)は口語訳の37か所(旧約2・新約35)に出てきます。日常訳第1版では3か所。
箴言(2か所)
箴言11:7 悪しき者は死ぬとき、その望みは絶え、不信心な者の望みもまた絶える。
箴言11:9 不信心な者はその口をもって隣り人を滅ぼす、正しい者は知識によって救われる。
使徒行伝(7か所)
使徒3:12 ペテロはこれを見て、人々にむかって言った、「イスラエルの人たちよ、なぜこの事を不思議に思うのか。また、わたしたちが自分の力や信心で、あの人を歩かせたかのように、なぜわたしたちを見つめているのか。
使徒10:2 信心深く、家族一同と共に神を敬い、民に数々の施しをなし、絶えず神に祈をしていた。
使徒10:7 このお告げをした御使が立ち去ったのち、コルネリオは、僕ふたりと、部下の中で信心深い兵卒ひとりとを呼び、
使徒13:43 そして集会が終ってからも、大ぜいのユダヤ人や信心深い改宗者たちが、パウロとバルナバとについてきたので、ふたりは、彼らが引きつづき神のめぐみにとどまっているようにと、説きすすめた。
使徒13:50 ところが、ユダヤ人たちは、信心深い貴婦人たちや町の有力者たちを煽動して、パウロとバルナバを迫害させ、ふたりをその地方から追い出させた。
使徒17:4 ある人たちは納得がいって、パウロとシラスにしたがった。その中には、信心深いギリシヤ人が多数あり、貴婦人たちも少なくなかった。
使徒17:17 そこで彼は、会堂ではユダヤ人や信心深い人たちと論じ、広場では毎日そこで出会う人々を相手に論じた。
ローマ人への手紙(4か所)
ローマ1:18 神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される。
ローマ4:5 しかし、働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、その信仰が義と認められるのである。
ローマ5:6 わたしたちがまだ弱かったころ、キリストは、時いたって、不信心な者たちのために死んで下さったのである。
ローマ11:26 こうして、イスラエル人は、すべて救われるであろう。すなわち、次のように書いてある、「救う者がシオンからきて、ヤコブから不信心を追い払うであろう。
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一2:10 あなたがたもあかしし、神もあかしして下さるように、わたしたちはあなたがた信者の前で、信心深く、正しく、責められるところがないように、生活をしたのである。
テモテへの第一の手紙(9か所)
テモテ第一1:9 すなわち、律法は正しい人のために定められたのではなく、不法な者と法に服さない者、不信心な者と罪ある者、神聖を汚す者と俗悪な者、父を殺す者と母を殺す者、人を殺す者、
テモテ第一2:2 それはわたしたちが、安らかで静かな一生を、真に信心深くまた謹厳に過ごすためである。
テモテ第一3:16 確かに偉大なのは、この信心の奥義である、「キリストは肉において現れ、霊において義とせられ、御使たちに見られ、諸国民の間に伝えられ、世界の中で信じられ、栄光のうちに天に上げられた」。
テモテ第一4:7 しかし、俗悪で愚にもつかない作り話は避けなさい。信心のために自分を訓練しなさい。
テモテ第一4:8 からだの訓練は少しは益するところがあるが、信心は、今のいのちと後の世のいのちとが約束されてあるので、万事に益となる。
テモテ第一6:3 もし違ったことを教えて、わたしたちの主イエス・キリストの健全な言葉、ならびに信心にかなう教に同意しないような者があれば、
テモテ第一6:5 また知性が腐って、真理にそむき、信心を利得と心得る者どもの間に、はてしのないいがみ合いが起るのである。
テモテ第一6:6 しかし、信心があって足ることを知るのは、大きな利得である。
テモテ第一6:11 しかし、神の人よ。あなたはこれらの事を避けなさい。そして、義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい。
テモテへの第二の手紙(3か所)
テモテ第二2:16 俗悪なむだ話を避けなさい。それによって人々は、ますます不信心に落ちていき、
テモテ第二3:5 信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。
テモテ第二3:12 いったい、キリスト・イエスにあって信心深く生きようとする者は、みな、迫害を受ける。
テトスへの手紙(2か所)
テトス1:1 神の僕、イエス・キリストの使徒パウロから――わたしが使徒とされたのは、神に選ばれた者たちの信仰を強め、また、信心にかなう真理の知識を彼らに得させるためであり、
テトス2:12 そして、わたしたちを導き、不信心とこの世の情欲とを捨てて、慎み深く、正しく、信心深くこの世で生活し、
ヤコブの手紙(2か所)
ヤコブ1:26 もし人が信心深い者だと自任しながら、舌を制することをせず、自分の心を欺いているならば、その人の信心はむなしいものである。
ヤコブ1:27 父なる神のみまえに清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つことにほかならない。
ペテロの第二の手紙(5か所)
ペテロ第二1:3 いのちと信心とにかかわるすべてのことは、主イエスの神聖な力によって、わたしたちに与えられている。それは、ご自身の栄光と徳とによって、わたしたちを召されたかたを知る知識によるのである。
ペテロ第二1:6 知識に節制を、節制に忍耐を、忍耐に信心を、
ペテロ第二1:7 信心に兄弟愛を、兄弟愛に愛を加えなさい。
ペテロ第二2:9 こういうわけで、主は、信心深い者を試錬の中から救い出し、また、不義な者ども、
ペテロ第二3:12 極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。
ユダの手紙(2か所)
ユダ1:15 それは、すべての者にさばきを行うためであり、また、不信心な者が、信仰を無視して犯したすべての不信心なしわざと、さらに、不信心な罪人が主にそむいて語ったすべての暴言とを責めるためである」。
ユダ1:18 彼らはあなたがたにこう言った、「終りの時に、あざける者たちがあらわれて、自分の不信心な欲のままに生活するであろう」。