「しかり」が出てくる聖書の箇所

「しかり」は口語訳の17か所(旧約4・新約13)に出てきます。「然り」も含みます。日常訳第1版では0か所。

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民数記(2か所)

民数記22:22 しかるに神かみは彼かれが行おこなったために怒いかりを発はっせられ、主しゅの使つかいは彼かれを妨さまたげようとして、道みちに立たちふさがっていた。バラムは、ろばに乗のり、そのしもべふたりも彼かれと共ともにいたが、

民数記22:24 しかるに主しゅの使つかいはまたぶどう畑はたけの間あいだの狭せまい道みちに立たちふさがっていた。道みちの両側りょうがわには石いしがきがあった。

申命記(1か所)

申命記32:15 しかるにエシュルンは肥こえ太ふとって、足あしでけった。あなたは肥こえ太ふとって、つややかになり、自分じぶんを造つくった神かみを捨すて、救すくいの岩いわを侮あなどった。

士師記(1か所)

士師記3:5 しかるにイスラエルの人々ひとびとはカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのうちに住すんで、

マタイによる福音書(1か所)

マタイ5:37 あなたがたの言葉ことばは、ただ、しかり、しかり、否いな、否いな、であるべきだ。それ以上いじょうに出でることは、悪わるから来くるのである。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ4:39 イエスは起おきあがって風かぜをしかり、海うみにむかって、「静しずまれ、黙だまれ」と言いわれると、風かぜはやんで、大おおなぎになった。

使徒行伝(2か所)

使徒15:10 しかるに、諸君しょくんはなぜ、今いまわれわれの先祖せんぞもわれわれ自身じしんも、負おいきれなかったくびきをあの弟子でしたちの首くびにかけて、神かみを試こころみるのか。

使徒19:26 しかるに、諸君しょくんの見聞みきしているように、あのパウロが、手てで造つくられたものは神かみ様さまではないなどと言いって、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体ぜんたいにわたって、大おおぜいの人々ひとびとを説ときつけて誤あやまらせた。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ7:8 しかるに、罪つみは戒いましめによって機会きかいを捕とらえ、わたしの内うちに働はたらいて、あらゆるむさぼりを起おこさせた。すなわち、律法りっぽうがなかったら、罪つみは死しんでいるのである。

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一6:6 しかるに、兄弟きょうだいが兄弟きょうだいを訴うったえ、しかもそれを不信ふしん者しゃの前まえに持もち出だすのか。

コリント第一6:8 しかるに、あなたがたは不義ふぎを働はたらき、だまし取とり、しかも兄弟きょうだいに対たいしてそうしているのである。

コリント人への第二の手紙(3か所)

コリント第二1:17 この計画けいかくを立たてたのは、軽率けいそつなことであったであろうか。それとも、自分じぶんの計画けいかくを肉にくの思おもいによって計画けいかくしたため、わたしの「しかり、しかり」が同時どうじに「否いな、否いな」であったのだろうか。

コリント第二2:14 しかるに、神かみは感謝かんしゃすべきかな。神かみはいつもわたしたちをキリストの凱旋がいせんに伴ともない行いき、わたしたちをとおしてキリストを知しる知識ちしきのかおりを、至いたる所ところに放ほうって下くださるのである。

コリント第二7:6 しかるに、うちしおれている者ものを慰なぐさめる神かみは、テトスの到来とうらいによって、わたしたちを慰なぐさめて下くださった。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ2:4 しかるに、あわれみに富とむ神かみは、わたしたちを愛あいして下くださったその大おおきな愛あいをもって、

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル10:12 しかるに、キリストは多おおくの罪つみのために一ひとつの永遠えいえんのいけにえをささげた後あと、神かみの右みぎに座ざし、

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ2:6 しかるに、あなたがたは貧まずしい人ひとをはずかしめたのである。あなたがたをしいたげ、裁判さいばん所しょに引ひきずり込こむのは、富とんでいる者ものたちではないか。

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