「あくる日」(あくるひ)が出てくる聖書の箇所

「あくる日」(あくるひ)は口語訳の12か所(旧約10・新約2)に出てきます。「明くる日」「翌る日」も含みます。日常訳第1版では1か所。

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創世記(1か所)

創世記19:34 あくる日ひ、姉あねは妹いもうとに言いった、「わたしは昨夜さくや、父ちちと寝ねました。わたしたちは今夜こんやもまた父ちちに酒さけを飲のませましょう。そしてあなたがはいって共ともに寝ねなさい。わたしたちは父ちちによって子こを残のこしましょう」。

出エジプト記(3か所)

出エジプト9:6 あくる日ひ、主しゅはこのことを行おこなわれたので、エジプトびとの家畜かちくはみな死しんだ。しかし、イスラエルの人々ひとびとの家畜かちくは一いち頭とうも死しななかった。

出エジプト18:13 あくる日ひモーセは座ざして民みんをさばいたが、民みんは朝あさから晩ばんまで、モーセのまわりに立たっていた。

出エジプト32:30 あくる日ひ、モーセは民みんに言いった、「あなたがたは大おおいなる罪つみを犯おかした。それで今いま、わたしは主しゅのもとに上のぼって行いく。あなたがたの罪つみを償つぐなうことが、できるかも知しれない」。

レビ記(2か所)

レビ記7:16 しかし、その供そなえ物ものの犠牲ぎせいがもし誓願せいがんの供そなえ物もの、または自発じはつの供そなえ物ものであるならば、その犠牲ぎせいをささげた日ひのうちにそれを食たべ、その残のこりはまた明あくる日ひに食たべることができる。

レビ記22:30 これはその日ひのうちに食たべなければならない。明あくる日ひまで残のこしておいてはならない。わたしは主しゅである。

サムエル記上(3か所)

サムエル第一11:11 明あくる日ひ、サウルは民みんを三みっつの部隊ぶたいに分わけ、あかつきに敵てきの陣営じんえいに攻せめ入いり、日ひの暑あつくなるころまで、アンモンびとを殺ころした。生いき残のこった者ものはちりぢりになって、ふたり一緒いっしょにいるものはなかった。

サムエル第一20:27 しかし、ふつか目めすなわち、ついたちの明あくる日ひも、ダビデの場所ばしょはあいていたので、サウルは、その子こヨナタンに言いった、「どうしてエッサイの子こは、きのうもきょうも食事しょくじにこないのか」。

サムエル第一31:8 あくる日ひ、ペリシテびとは殺ころされた者ものから、はぎ取とるためにきたが、サウルとその三さん人にんの子こたちがギルボア山やまにたおれているのを見みつけた。

歴代志上(1か所)

歴代志上10:8 あくる日ひペリシテびとは殺ころされた者ものから、はぎ取とるために来きて、サウルとその子こらのギルボア山やまに倒たおれているのを見み、

マタイによる福音書(1か所)

マタイ27:62 あくる日ひは準備じゅんびの日ひの翌日よくじつであったが、その日ひに、祭司さいし長ちょう、パリサイ人にんたちは、ピラトのもとに集あつまって言いった、

使徒行伝(1か所)

使徒4:5 明あくる日ひ、役人やくにん、長老ちょうろう、律法りっぽう学がく者しゃたちが、エルサレムに召集しょうしゅうされた。

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