哀歌 3章19-36節
預言者の望み(哀歌3:19-36)
見出しは聖書本文ではなく、当サイトが付けたものです。
19 どうか思い出してください。わたしの苦しみとさすらいを、にがよもぎと毒のような日々を。
20 わたしの魂は今もそれを忘れず、うなだれて沈み込んでいる。
21 でも、これを心に思い返すと、また希望がわいてくる。
22 主の慈しみは決して尽きることがない。その憐れみは絶えることがない。だから、わたしたちは滅ぼし尽くされない。
23 それは朝ごとに新しい。あなたの真実は、なんと大きいことか。
24 「主こそ、わたしの受ける分だ」と、わたしの魂は言う。だから、わたしは主に望みをかける。
25 主は、主を待ち望む人に、主を求める魂に、良くしてくださる方だ。
26 主の救いを、黙って静かに待ち望むのは良いことだ。
27 若い日にくびきを負うのは、その人にとって良いことだ。
28 主がそれを負わせたのだから、その人は一人静かに座っていればいい。
29 口を土につけよ。もしかしたら、まだ望みがあるかもしれない。
30 打つ者に頬を向け、辱めを十分に受けよ。
31 主は、いつまでも見捨てることはないからだ。
32 たとえ主が悲しみを与えても、その豊かな慈しみによって、必ず憐れんでくださる。
33 主は、心から人を苦しめたり、悲しませたりするのではないからだ。
34 地に捕らわれた人々を、足の下で踏みにじること、
35 いと高き方の前で、人の正しい訴えを退けること、
36 人を裁判で不当に扱うこと。主は、それを良しとされない。